この信念の上に



「落涙と呼ばれた楽師については、妲己に狙われる身であると、噂で聞いておりました。悠生殿の本当の姉君…実は私、いつか貴女にお会いしたら…言おう言おうと思っていたことがあったのです」


思わぬ返答に、咲良は首を傾げる。
趙雲の瞳は真剣で、だけど少し緊張した面持ちで、真っ直ぐに咲良を見据えるのだ。
彼が、"悠生殿"と口にする度に、何か大きな想いが込められていることを感じた。
違ってもらわねば困る…それは、悠生には、共にこの世界を生きてほしいという、趙雲の願いではないか。

趙雲が再び口を開こうとしたその時、ぱんっ、と鉄砲の乾いた音が響いた。
遠くから弓で孫策達を狙っていた遠呂智兵の胸が、一瞬にして撃ち抜かれた。
そして、櫓の上から、何者かが飛び降りる。
咲良もよく知る無双武将…雑賀孫市であった。


「趙雲!妲己がこっちに進軍しているみたいだぜ!奴ら、天守周辺に隠していた伏兵まで使って、全軍で突撃するつもりなんだろうよ」

「承知致した、孫市殿!…申し訳ありませんが、話は後にしましょう。孫策殿、共に妲己を迎え撃ってください!」

「おう!そのつもりで来たんだ。妲己に一泡吹かせてやろうぜ!」


此方から敵本陣に責めることなく、妲己自ら出向いてくれるようだ。
孫市からの情報は、皆を混乱に陥れるどころか、より士気を高まらせることとなった。

咲良が背負う定めに葛藤し、必死に何かと戦っていた孫策だが、もう輝きを取り戻し、眩しい笑顔を見せた。
国も時代も関係なく、人間達は隔たりを取り払って力を合わせようとする。
だからこそ、咲良はこの世界が好きなのだ。


「咲良、難しいことは分からねえが、俺はお前を死なせたくないぜ。きっと守ってやるよ、世界ごとな!」

「孫策様…、ありがとうございます…」


…叶わない願いだと、分かっているのに。
孫策の想いを素直に受け止めることが出来たら、どれほど心が救われるだろう。
気を抜けば泣いてしまいそうで、もう、作り笑顔さえ難しい。
どうしようもなく切なくなって、だけど嬉しくもあって…鼻がつんとし始めた咲良は、必死になって涙を堪えるしかなかった。

雪は、しんしんと降り積もる。
だが、静寂に身を任せることを、許してはくれないのだ。



END

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