この信念の上に



(ああ…応えてくれて、ありがとう…)


奏者の見せた奇跡に、その場に居た者達は、まるで夢を見るかのように、呆然と空を見上げるばかりだった。
急激に冷却された天守の中から、次々と将兵が外へ脱出していく。
何とか、被害は最小限に抑えられたようだった。

今日初めて顔を合わせたはずの趙雲は、信じられないと言った様子で咲良のことを凝視していた。
そのうち、どこか懐かしそうに、少し寂しげな目をした。
もしかすると、彼は咲良に誰か別の人間を、大切な存在を…、見出したのではないだろうか。
関平が、親しくしていたという悠生の姿を、血の繋がる咲良に重ねていたように。


(やっぱり、悠生は蜀で暮らすべきなんだね…それがあの子の、一番の幸せだ…)


一人でも多く、弟を好いてくれる人が居るところ、それが悠生の居場所である。
理解はしていたが、なかなか受け入れられなかった。
それがようやく、諦めがついたような気がする。

距離を縮めることもなく、遠くから趙雲と目を合わせた咲良がそっと微笑むと、彼は小さく会釈をして返した。
咲良を見て、悠生を想う人が居る。
逆に言えば、悠生がこの世界に生きることで、咲良の存在が消えることは無いということだ。


「落涙殿…もしや、貴女が…」


周瑜の静かな声が、やけに大きく頭の中に響いた。
誰もが、全て咲良の引き起こした術による現象であると気が付いている。
思わず、咎められることを危惧した咲良は、言い訳をするように首を横に振った。
いくら否定したところで、事実をもみ消せるはずは無いのだが。


「あれほどの火災を一瞬で鎮火させるなど、私には理解出来ない!貴女はいったい、何者なのだ…」

「わ…私は……」


仙人の娘と呼ばれ、選ばれた奏者とされた、それだけでも人とは違う、普通ではない存在に違いなかった。
以前から、落涙に幻術師の疑いをかけていた周瑜だが、目の前で奇跡を見せ付けられてしまえば、見てみぬふりは出来なかったのだろう。
今度こそ、周瑜は咲良から目を逸らさなかった。

だが、咲良には真実を語ることは出来なかった。
未来に生まれた人間ではなく、最後まで、この世界の人間でいさせてほしかったのだ。
咲良は唇を結び、困惑に瞳を揺らすが、その時、術を使った代償が、一気に襲い掛かってきた。


 

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