至福の息吹



小春の奏でる静かな音が、美しい余韻を残して空に消えていった。
皆は様々な想いにかられているのだろう、この子守歌を聴いて、拍手が出来る者は居なかった。
静けさだけが渦巻く中、咲良は不思議と心地よさを覚えていた。
記憶していた歌の一部分を唄い聴かせただけで、子守歌は不完全であるが、改めて、素晴らしい一曲だと感じた。


「あ、あの……孫策様?どうでしたか?何か、思い出せたでしょうか」

「……、いや、咲良の歌も小春の笛も最高だったぜ?でもな…これ、本当に俺の歌か?さっぱり意味が分からないんだが…」


孫策が申し訳なさそうに笑うため、彼の答えを気にしていた咲良の緊張は解け、同時にふっと肩の力も抜けた。
あまりにも抽象的すぎたのだろうか。
知的な周瑜ならこの詩の意味を理解出来ただろうが、それでもまだ足りない。


「咲良、がっくりすんなって!ちゃっちゃと黄悠を遠呂智軍から連れてきて、詩を教えてもらおうぜ!」


惚れ惚れするほど、前向きな男である。
白い歯を見せ、それでも控えめに笑っているように見えた。
記憶を取り戻すことが出来ず、孫策も、表には出さないが責任を感じていたようだ。

四六時中ぎらぎらと輝く太陽だって、厚い雲に覆われしまえば、翳りが生まれる。
だけれども、雲の隙間から差し込む一筋の光、それはとても美しいのだ。


(だけど悠生は、蜀に残ると決めた。だから、私に会えないんだよね…?)


弟の頑ななまでの決意に、咲良は深く寂しさを覚えた。
孫呉の仲間と別れ、故郷へ帰ったって、悠生が待っていてくれたらそれだけで…心が救われるのに。
それほど、弟が大事にしていた世界。
咲良にとっても、故郷と比べものにならないほど大切な世界なのだ。


(その世界を、未来を守ることで、悠生が幸せになれるなら、私も幸せだから…)


おかえりなさい。
幸せに、なりなさい。
遠い昔から続いている、輝きの歌。
子守歌に込められた願い、それは民を想う君主の、そして子を想う親の言葉だ。


(ねえ悠生…私…頑張るからね…最後まで、見ていてね)


最終決戦を控えていると言うのに、詩も思い出せず、意味も理解出来ないなんて、本来ならもっと焦るべきなのだろう。
…だが、きっとどうにかなる、そんな気がするのだ。
悠生が想像し、愛した無双のストーリーは、幸せなエンディングを迎えるはずだ。


「次は孫策様も…、一緒に、唄ってくださいませんか?その方が、遠呂智の心に届くと思うんです」

「ああ、勿論だ。皆も唄ってくれるよな?いっそ盛大に合唱してやろうぜ!」


快く受け入れてくれた孫策に、咲良も晴れやかな気持ちになれた。
皆での大合唱が叶うなら…前代未聞の、賑やかな子守歌を披露出来そうだ。
だが、それで良い。
咲良と悠生が遠呂智に伝えたいのは、悲しみではない。
遠呂智も、私たちが大好きな世界の一部なのだから。



END

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