至福の息吹



「咲良様と小春様の音曲…楽しみですわ。私も、舞台に相応しい舞いをじっくりと考えさせていただきます」

「はい…貂蝉さんも、楽しんで聴いてくださいね」


貂蝉の可憐な笑顔に励まされ、咲良はやっと前向きになれた。
音楽は、楽しまなければつまらない。
歌い手や奏者の思いが、直接、聴き手に伝わるのだから。
それならば、子守歌だって同じだろう。
心が凍てついた遠呂智にも、きっと、この旋律が届くことを信じている。


(遠呂智に、安らかに眠ってもらうためにも…みんなで、この歌を唄えたら良いな…)


限りなく、本番に近いリハーサルであろうか。
遠呂智を封じる力を持った歌が披露される瞬間を、観客となった仲間達は今か今かと待ちわびている。
咲良は一人一人の顔をゆっくりと見渡した。
いつも舞台に立つと同じことをするのだが、そうすると不思議と、肩の力を抜くことが出来るのだ。
どんな音楽を聴かせてくれるんだろう、と皆が笑顔でいてくれるから。
二人で合奏していた時のように、小春と目配せをした咲良は、彼女に合わせて深く息を吸った。

懐かしき歌を、"生路"を唄う。
小春が奏でてくれる、柔らかな笛の音に合わせて、日本語で綴られた、その詩的な言葉を紡いだ。


「みな、のつき…かすむ、 のは…えがく、ぼくら…」


咲良のか細い歌声は、柔らかな音に載せて風に流れていく。
孫策が小春へ唄い聴かせたという子守歌。
たとえ記憶に残っていなかったとしても、きっと、心のどこかに生きている。
歌詞を、詩の意味を、その響きを…全てを理解し、遠呂智のための生路を完成させる。


(ひかるもの…、私の光って…何かな?それに、遠呂智にとっての光は、何なのかな…)


それは、未来への道を照らす光。
孫策のように、皆の行く道を指し示す太陽となる人間のことなのだ。
恐らく遠呂智には、光など遠い存在だった。
だがそれでも、時間がかかったとしても…遠呂智にとっての光を見つけることは、出来る。
希望はこの世界にも残されている。
今はまだ、光がなくても。
描く明日の残像はきっと、あるから。

遠呂智は、ずっとひとりぼっちだった。
咲良が子守歌を唄うことで、遠呂智は永い眠りにつく。
遠呂智は、生路を抜け出すことが出来るのだろうか。
悲しい運命を駆け抜けた、哀れな男の一生に、終止符を打てるのだろうか。

──生路、抜け出しなさい。
やれるだけやってきたから、幸せになりなさい。


 

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