至福の息吹



「宜しければ、皆様方の前で揺籃歌を奏でるお役目…わたしにお任せ願えませんでしょうか」

「何だ小春、お前、俺の歌を思い出したのかよ!」

「い、いえ…わたしはまだ、旋律しか思い出せておりません。ですが落涙さまは、詩の半分を御存知なのでしょう?でしたら、わたしの音曲に載せ、揺藍歌を唄っていただけませんか?」


咲良はびくりと肩を震わせ、思わず小春を凝視してしまった。
皆の前で唄ってほしい、とおっしゃるのか。
職としていた笛を吹くことさえ躊躇っていると言うのに、その歌声を披露してほしいと。
小春の提案は、咲良を更なる緊張の渦に陥れることとなったのだ。


「だ、駄目ですって!私、相当な音痴なんです…!皆さんに不快な想いをさせてしまいます!」

「はは!楽師が音痴ってのも可笑しな話だぜ!良いじゃないか、咲良。俺も、可愛い小春の笛が聴きたいと思っていたところだしな」

「そうだな。落涙殿、孫策の記憶を呼び起こすためにも、詩の半分だけでも知っておられるなら、是非唄っていただきたいのだが」


孫策も周瑜も、人の気を知らないからそんなふうに言えるのだ。
左近も、これで余計な心配をしなくて済みますよと、本気で安堵してみせる。
拒否すれば小春を悲しませてしまうと思った咲良は、後には退けなくなってしまった。


(カラオケだって苦手なのにな…!)


いつまでも唸っていても仕方がないと、意を決し、咲良は何とか笑って頷いて見せた。
失敗したって誰も責めはしないだろうが、問題はそこではない。


「ら、落涙さま…もしやわたし、差し出がましい真似を…」

「い、いえ!ただ…あの、恥ずかしいだけなんです。だけど小春様がご一緒してくださるなら…。たまには、こういうのも良いかもしれませんね」


少し、過敏になりすぎたかもしれない。
本当に、何も恐れる必要など無いのだ。
素直な気持ちを打ち明ければ、不安げに眉を寄せていた小春も、愛らしい笑みを見せてくれた。

自慢にもならないが、咲良は音楽の成績は良くとも、歌だけは苦手だった。
音痴と言うより、声が震えてしまうのだ。
楽器を綺麗に歌わせるにはまず、自分がきちんと音程を取れるようにならなくてはならない。
そういった意味で言えば、咲良には音感があったが、皆に絶賛されるような美しい歌声、なんて夢のまた夢だった。


 

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