至福の息吹



「親父も暴れ足りないだろうが、小牧山城で待っていてくれよな。こうして遠呂智軍の奴らから奪い返した城を使い捨てるのは勿体無いだろ?」

「ふ、俺に留守を任せるか。良いだろう。策、咲良のことを頼んだぞ」

「勿論だぜ!…っと、忘れるところだったぜ。なあ咲良、例の子守歌を聴かせてくれないか?皆も集まっているし、丁度良いだろ」


今すぐ頼むぜ!との有無を言わせぬ孫策の申し出に、咲良は狼狽えずにはいられなかった。
孫策に旋律を思い出させるため、戦後に子守歌を披露する約束を交わしていたのだが、戦でバタバタしていたため、心の準備も出来ていなかったのだ。

こうして、多くの人に音曲を聴かせるのはとても久しいことだった。
楽師とは呼ばれるが、咲良自身は、一流と称されるにはまだまだだと思っている。
それに今は、軍義を中断しての演奏会だ。
此処はきちんとした舞台ではないし、十分な準備も出来ず、しかもこの怱々たる面々の前で演奏せよと言われても…、そこまでの勇気も度胸も無い。
孫策の期待の眼差しを一心に受け、咲良は笛を手にするも渋って動けずにいたが、そこへ左近が慌てた様子で耳打ちしてくる。


「ちょっとお嬢さん、例の子守歌って…簡単に吹いて大丈夫なんですかい?あんたの身に何が起こるか…」

「だ、大丈夫だと思います。子守歌の効果が発動するのは、詩の全てを理解した時ですから…多分…」

「あんたって人は…、不安が倍増しましたよ…」


やれやれ、と左近は呆れたようにうなだれる。
子守歌を奏でる役目を果たしたら、遠呂智の眠りと共に、この世界での咲良の命も尽きる。
皆が生きる世を、人々の命を救うためには逃れられぬ宿命だった。
左近は咲良が迎える最後を知っているからこそ、こうして身を案じてくれるのだ。
まだ完璧には詩を理解出来ていないのに、まさか此処で効果が発動されるはずはない。
だが、曖昧な答えに納得がいかないらしく、左近は眉間に皺を寄せ、じいっと咲良を睨むのだ。
こうも見られていては余計に、笛を吹きにくいではないか。


「落涙さま、お待ちください!」

「小春様?どうされました?」


軍義には参加せず、城内で休んでいたはずの小春が慌てた様子で顔を出した。
小春の後に続いて、その傍らに立った貂蝉が、咲良の演奏が始まることを知らせ、呼んで来てくれたのだろう。
仮にも教え子である小春の前で、格好悪い姿を見せるわけにもいかないと、咲良は自身を奮い立たせようとした。
だが、次の小春の発言は、咲良の予想とはまるきり違うものだった。


 

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