至福の息吹



敵に追われる身である落涙を連れて行くならば、人数の多い方に加えた方が、敵の目も欺けるのではないか。
しかも、ゲームに忠実な展開になるとしたら、江戸城の戦いには、妲己が現れるはずなのだ。
確証の無い不安を口には出来ないが、これでは自ら捕まりに行くようなものだ。


「孫策さんあんた、可愛い奥方が居ながら、お嬢さん達をも侍らすつもりですか?」

「ば、馬鹿言うなよ!あのな左近、俺にだって考えがあるんだぜ?」


それは心外だと、焦って反論する孫策を見て、周瑜は可笑しそうにくくっと笑う。
左近は本気で言ったのでは無かろうが、孫策も思い付きで発言したのではない。
大喬や小春の名を出したのは、妻子を傍に置きたいという孫策の我が儘かもしれないが、咲良を江戸城へ…、それは、孫策が孫呉の絆のみに拘らず、他の陣営へ目を向けた証拠だった。


「周瑜と話し合って決めたんだが、遠呂智をぶっ飛ばすために、蜀の奴らと力を合わせようと思ってんだ。趙雲殿なんか感じの良い男だったしな」

「遠呂智が降臨するまで、蜀と孫呉は緊張状態にあった。故に無謀な策かもしれぬ。だが、蜀は黄悠殿を捜しているはずだ。私達も目的は同じであろう?」

「ほう、黄悠さんを遠呂智軍から引き離すと言う理由で、蜀の力を借りるという訳ですな。実姉であるお嬢さんは蜀の信用を得るために必要不可欠…孫策さんの考え、よく分かりましたよ」


孫策は虎牢関にて趙雲らの助けを受けた時から、遠呂智との最終決戦を、蜀と共闘すると決めていたのだ。
確かに、遠呂智が世界に混沌をもたらさなければ、蜀は…劉備は義兄弟の仇である孫呉を憎み続け、破滅への道を歩んでいたはずだ。
だが、早死にした孫策には全く関係のないことであった。
大事なのは今、そして先に続く未来なのだ。


「兄上、蜀は劉備無き今だからこそ、孫呉との共闘を承諾するかもしれません。ですが…劉備は義兄弟の仇討ちにと兵を動かそうとしたのです。蜀との共闘が、本当に我らのためになりましょうか」

「劉備も馬鹿じゃないだろ。一国の主として何をすべきか、大事なものは何か、あいつなら気付くはずだぜ」

「…兄上のお言葉を聞くと、信じても良いような気がします」


孫権だけではなく、誰もが不安を抱えていたことだろう。
呉蜀同盟の決裂は、それほど大きな出来事であったのだ。
同盟の道具として振り回された尚香の心の傷も、やっと和らぎ始めたところである。
その蜀と、再び手を取り合うというのだ。
孫策の力強い言葉に勇気づけられた孫権は、微笑し、向かい側に立つ尚香を見た。


「尚香よ…、お前の新たな嫁ぎ先を決めていなかったな。もし蜀が、再び我らと同じ道を歩もうと言うなら…」

「権兄さま、そんな世話は必要無いわ。自分のことは自分で決めるから。だけど、本当に蜀と仲直りが出来るなら…嬉しいわね…」


にっこりと微笑む尚香にも、悲しげな表情は見られなかった。
もう一度、愛する劉備との未来を夢見る権利を与えられたのだから。
孫権も尚香も、一度は道を見失った劉備が、仁の心を取り戻してくれることを、信じると決めたのだ。


 

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