至福の息吹



「じゃあ権、これからはお前も一緒に仲間を守ってくれよ。俺たちはもう敵じゃないんだ。な、咲良。それで許してくれるか?」

「ゆ、許すだなんて!私、孫権様が帰ってきてくださって、とても嬉しいですし…それに…」


とんでもない!と慌てる咲良は、一人で罪を背負い、未だに納得のいかない表情をする孫権を見て、ぎこちなく微笑む。
孫権の行いを責めようと思うはずがない。
君主としての正しき判断は、人としては間違ったものかもしれないけれど、心優しい孫権はこうして、胸を痛めている。

咲良は服の中に隠していた首飾りを取り出し、孫権に見せた。
落涙に贈るために孫権が選び、周泰に授けたという美しい首飾りだ。
ずっと首に下げていたのだが、埃などで汚したくないからと、戦の間だけは服の中にしまっておいたのだ。


「それは……」

「孫権様が、私のために選んでくださったんですよね?本当にありがとうございました!私、とても気に入って…凄く、幸せなんです」

「落涙よ…この私を許してくれるのだな。そなたの優しさをしっかりと胸に刻もう。周泰の妻となってくれたこと、感謝しているぞ」


澄んだ青い瞳に、もう迷いは無かった。
孫呉の未来を、希望ある国を、孫権は真っ直ぐ見つめている。

この、首飾りは……。
周泰の妻の証として与えられたのだ。
孫権が心から祝福してくれたと言うのに、結局、落涙は正式な妻にはなれない。
全てが終わった後は、きっと、孫権を失望させてしまうだろう。


(孫権様…本当のことは言えないけれど、許してください…)


全てを打ち明ける勇気など持ち合わせていなかった。
本心では、不安でいっぱいなのだ。
今は、役目を果たした後のことは、考えたくない。
不安だからこそ、皆の記憶に残る旋律を奏でたいと思うのだ。

言葉に出来ない咲良の苦しみに気付いたらしい周泰は、人前であるにも関わらず、咲良を強く抱きしめた。
突然のことに戸惑い、おずおずと見上げたら、目を合わせて初めて、彼の眼差しの意味を知った。
全て、分かっている…、と瞳が語る。


(幼平様、私は……)


人目もはばからずに、抱き合ったりして、事情を知らない者からしたら、仲の良さを見せつけているようにしか受け取られないだろう。
周瑜か左近か、誰かが咳払いをし、空気を読んでくれと無言で訴える。


 

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