至福の息吹



孫策軍が妲己の相手をしている間に、孫堅の手により小牧山城は奪取され、一同は本陣を移動し、城にて合流することとなった。

どうやって妲己を追い払ったのか、気を失っていた孫策や周瑜は揃って咲良に尋ねたが、小春のことを話すわけにはいかず、仙人の女禍が手を貸してくれたのだと口を濁す。
その仙人の娘とされている咲良に、周瑜が新たな疑念を抱かぬはずがないが、今更だと、それ以上追求されたりはしなかった。


「お嬢さん、あんた、また何か仕出かしたんじゃないんですか」

「ち、違いますよ!ご覧の通り私は元気ですし!」


これまでのことがあるため信用されていないのだろう、左近は咲良に疑いの眼差しを向けるが、どうにか言い逃れようとしても怪しさが増すだけである。
小春も咲良の隣で申し訳なさそうにうなだれているが、彼女が気に病む必要は無い。

時が来るまで、女禍との件は秘密にしようと決めた。
光によって気絶していた貂蝉は説明をしなくとも事情を察し、小春を労り、気遣ってくれる。

何はともあれ、ついに孫家が集結したのだ。
周瑜を始め、呂蒙、太史慈、周泰などの孫呉屈指の知将・猛将が集い、徳川軍である服部半蔵や稲姫、そして長らく孫策に付き従う森蘭丸、島左近らも大きな力である。
士気はとても高く、遠呂智に決戦を挑むなら今しかないだろう。


「策、権、尚香…お前達には本当に苦労をかけたな。こうして再び見えられたことを嬉しく思うぞ」

「へへっ、辛気くさいことを言うなよ!だがこれで遠呂智に勝てるぜ!」


江東の虎と、虎の血を引く子供達が揃えば百人力である。
孫策は誰よりも嬉しそうに笑い、孫堅や尚香も微笑みを絶やさなかった。
だが一人だけ、苦しげに俯く男がいる。
その傍らには周泰が並び、密かに胸を痛ませる主の支えとなっていた。


「権兄さま?どうかしたの?」

「……、」


浮かない顔をした孫権を心配し、声を掛けた尚香だが、彼はなかなか口を開こうとしない。
尚香は不安げに、傍に居た稲姫と顔を見合わせる。
どうしたんだよ、と孫策が顔を覗き込むと、孫権は唇を震わせ、漸く言葉を発した。


「兄上!申し訳ありませぬ!」

「な、何だよいきなり。お前が謝ることなんて何も無いだろうが。権は孫呉のために頑張っていたんだろ」

「いえ…私は…愚かでした。実は私が、落涙の居場所を妲己に告げたのです!」


孫権が悲痛な声を絞り出して吐露した事実は、皆を大いに驚愕させた。
国を守るためには仕方がなかった、説明されなくとも、それぐらいは予想出来る。
大勢の民と、たった一人の楽師。
国の主である孫権が、辛い決断を迫られたことなど、考えずとも分かることだ。

咲良は孫権の顔を見ることが出来ず、瞳を揺らした。
落涙の存在は、人々を苦しませ続ける。
孫策と孫権の溝を深めたのは、落涙が原因のようなものだ。
そのようなことは気にしないと孫策は言うだろうが、咲良は己の無力さを嘆くばかりだった。


 

 

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