慰めを求めて



「……、」


暫く黙っていた甘寧は、ややあって、寝台の傍にある椅子にどかっと腰掛ける。
俯く咲良は音だけを頼りに彼の動きを知ることが出来たが、しゅるしゅると…どうやら林檎を剥き始めたようだ。

音が止まっても、甘寧は何も言わない。
痺れを切らした咲良が、寝間着の袖で涙を拭ってから顔をあげる。


「落ち着いたか?これ食えよ。女はこういうのが好きなんだろ?」

「……うさぎ?」


無視するつもりだったが、意外なものを見せ付けられ、思わず声を出してしまう。
差し出されたものは、兎の形に切られた林檎だったのだ。
こういうことには不器用そうな甘寧だが、自ら林檎を剥き、しかも可愛らしい兎型にするとは!
更には、自分が剥くよりも上手だったので、咲良は少し悔しい思いをした。

可愛い兎型の林檎をまじまじと眺めていたら、また黄色く変色すんぞ、と甘寧は笑いながら急かす。
女官に剥いてもらった林檎を放置していたことに今更気が付いた咲良は、断る理由も無かったのだが未だ素直になれず、渋々林檎を受け取った。


「…いただきます」

「どうだ、美味いだろ?何たって俺が剥いてやったんだからな!」

「剥いただけなら味は関係ないでしょう?美味しいですけど…」


蜜がたっぷりの林檎は、冷たくてサクサクしていて、とても美味しかった。
同時に、甘寧への苛立ちが薄れてきていることを、ひしひしと感じる。
態度は大きいが、彼なりに咲良を慰めようと、こうした気遣いを見せてくれたのだから。

しかし、少々、自意識過剰ではないかと思う。
どこまで自分に自信があるのかと、咲良は訝しげに甘寧を見たが、彼は意外にも真面目な顔をしていて、静かにその先の言葉を紡いだ。


「俺、馬鹿だから上手く言えねえが…責任は取るつもりだ」

「だからって…」


簡単に"娶ってやる"などと口にしないでほしい。
驚く前に、無神経さに呆れてしまった。
一般庶民がそう簡単に将軍の妻になれるはずがない、考えずとも分かることだ。
一人で責任を取ったつもりになって、自分だけ楽になればそれで良いのか、甘寧は。
この人は物事を軽く考えすぎている。
世間の常識も、咲良の気持ちも。


「貴方に養われなくても私は死にません。それにもう…怒っていないですよ。だから、気になさらないでください」

「…許してくれるのか?」


黒い瞳が、咲良の反応をうかがうように見つめてくる。
なんとなく、子供をいじめているかのような罪悪感に襲われ、咲良は居心地の悪さに溜め息を漏らした。


「じゃあ…、凌統さんと仲良くするって約束してくださるなら、許してあげます」

「はあ!?凌統と!?……ああ分かったよ!努力…してやる」


不仲である凌統の名を聞き、甘寧はあからさまに嫌がっていたのだが、頷いてくれた。
彼にとって最も過酷な条件を出した咲良だが、ふてくされる甘寧が可笑しくて、思わず笑ってしまった。
恐ろしく単純で、素直で、真っ直ぐな男だ。
だけど、そんな甘寧は嫌いじゃない。

他人を責めたり、落ち込んでばかりいては何も変わらないのだ。
彼を許す勇気と、前向きに生きる力が必要だと、咲良は漸くこれからの目標を見つけることが出来た。


「お前、笑っている方が良いな」

「……、そう、ですか?」

「おう。泣き虫なのは名だけにしとけよ」


甘寧の言葉を耳にし(声は素敵なのだ、声は)、ほんの少しだけ、ときめいてしまった自分にまた、苛立った。



END

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