天が流す一粒



「落涙さま…わたしはずっと、皆様に隠し事をしておりました…」

「小春様……、」

「わたしは…女禍さまと契りを交わし、力を得ましたが、やはり伯言さまのことが忘れられなくて…。わたしはまだ、伯言さまのお傍に並ぶには程遠いというのに…妻としての役目も、果たせないのではと思うと、苦しいのです…」


小春は涙を流して胸のうちを語った。
不安と、恐怖と…それらは幼い少女には、到底堪えられるものではなかった。
陸遜への愛も、行き場を失ってしまっているのだ。
女禍は相変わらず黙したままで、それでも小春の髪を梳いている。

咲良は遠くに、大勢の人間の声を拾った。
沈黙したこの砦に、態勢を立て直した孫権や孫堅らが率いる士気の高まった味方部隊が、援軍として続々と近付いてきていたのだ。
妲己の逃亡により、孫策軍が勝利したことなど、咲良の頭には無かった。


「落涙さまは、愛する御方と別れる決断をなされました。だからわたしも見習い、強くありたいと思ったのです。わたしにはまだ時間があります。それに、伯言さまと同じ世界に生きていられるのですから…」

「そんな…私なんかの真似をしちゃ、駄目ですよ…小春様は、幸せにならなくちゃ…」

「なんか、などと仰らないでください。わたしは落涙さまのことを、お慕いしておりますもの。落涙さまは私が最も尊敬するお人なのです。黄悠さまが友なら、落涙さまは姉上のようで…、」


だから自分も、同じ道を選びたいのだと。
結果的に、咲良が己を犠牲にしたから…、小春にまで、悲しい決断をさせてしまうこととなったのだ。
何日も苦悩し、何度も涙を流したことだろう。
彼女は多くの者に愛されているし、いくらでも、幸せを手に入れられるはずなのに。
それでも、これこそが我が運命と受け入れようとするのだ。
少女の純粋な心に触れ、咲良もまた、瞳に涙を滲ませる。

恋しい人の手を、握ることが出来ない。
だがその定めを、哀れと思ってはならない。
愛する人たちが生きる世界のため、力となれるなら…本望であると、そう思わねば。

涙で頬を濡らした小春は、悲しみを打ち払うかのようににこりと微笑み、そして女禍の手を握った。


「猶予を…頂戴したく思います。きっと、女禍さまのお役に立ってみせます」

「小春、すまない…小覇王のことも…、私はお前を苦しめてばかりだな」

「いいえ…わたしは今…とても晴れやかな心地です。皆様と、気持ちが通じ合えたような気がして…」


幸せだ、と小春は言う。
そう思えるようにならなくては、愛しい人と離れ離れになんて、なれるはずがない。
これからは、世界のために生きるのだ。
愛した人が生きる世界を、守るために。

ふっと微笑した女禍は、用が済んだからと、光の粒となって青い空に消えていった。
藤の香に、女禍の香りがとけ込んでいた。
このあたたかくも儚い、彼女の匂いを…、咲良はどんなことがあっても、忘れたりはしないだろう。



END

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