天が流す一粒



「小春!何でお前まで此処に居るんだよ!心臓が止まるかと思っただろ。今頃、本陣に戻った大喬や尚香も、お前が居なくて腰を抜かしてるかもしれないぜ?」

「父上…申し訳ありません…」

「いや、お前が無事で本当に良かった」


ぎゅうと力強く抱き締められた小春は、頬を染めて孫策に身を任せる。
早くに父を亡くした小春は、大喬から聞かされる話や、人々の評判でしか孫策を知り得なかったのだ。
だからこそ、こうも真っ直ぐ愛情をぶつけられると、こそばゆくてたまらないのだろう。


「なあ咲良、一応確かめさせてもらうけどよ、お前の母ちゃん、信じて良い奴なんだよな?」

「勿論です。女禍さんは、とてもお優しい方なんですよ」

「あはははっ!馬鹿みたい!!」


どうにか、女禍への不信感を消し去ろうと、正直な気持ちを孫策に伝えた咲良だが、耳をつんざくような妲己の高笑いが、空気を凍り付かせる。
妲己はこのような危機迫った状況にあっても、勝ち誇ったような笑みを絶やさないのだ。


「この女が優しい!?とんだお笑い草よ。それって都合良すぎるんじゃないの?」

「…妲己、何が言いたい」

「仙人の残酷さを教えてあげるだけっ。ねえ…春の娘さん?あなたを抱き締めてくれる孫策さんはね、この女の仲間に殺されたのよ!!」


ぴしゃりと吐き捨てられた言葉を、否定する者は居ない。
それはとても、衝撃的な一言だったが、変えられない事実でもあった。
孫策を死なせてしまった、仙人の過ち。
思い出したくもない悲しみを呼び起こす。
妲己に目を向けられた小春も、孫策も。
だが、最も傷付いたのは女禍に違いない。
消し去ることが出来ない、悲しくも残酷な事実を告げられ、女禍の瞳が、戸惑いに揺れる。
その際に生まれた僅かな隙を、妲己が見逃すはずがなかった。


「いい加減、私を舐めないでよね!」

「くっ!」


光の輪を自力でぶち壊した妲己は、地に手を突いたまま勢い良く足を振り、女禍の顔を蹴り飛ばした。
よろめいた女禍は、貂蝉の支えによって倒れずに済んだが、その顔は苦痛に歪んでいる。
いや、本気で、苦しんでいたのだ。
女禍は胸を押さえ、乱れ始めた息を殺し、それでも尚、妲己を睨み付けている。
…これが、女禍の身体が弱っているという証拠だった。
娘達に要らない心配をさせぬようにとつとめてきたようだが、隠すことも叶わなくなってしまったのだ。


 

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