天が流す一粒



「孫策様は…まさに光のような御方なのですね」


貂蝉の呟きに、咲良は頷くことで同意を示した。
人々は、自然と光の元に集うのだ。
こうして孫呉の将兵が結束することが出来たのは、孫策の真っ直ぐな想いが、皆の心に響いたからであろう。


「貂蝉さん、私が笛を吹いて妲己に位置を知らせてきます。大丈夫ですよ?蘭華さんのお知り合いの方に、この羽衣を戴いたんです」


咲良は首に巻かれた煌めく羽衣を見せる。
ふわふわと揺らめく透明の布は、見るからに仙界の宝物である。
激戦地となっている中央砦まで飛び、妲己の目を此方に向け、一気に目的地まで誘い出そうと考えたのだ。
妲己に信じ込ませるためには、咲良自身がやらなくては意味がない。
地を蹴って宙に浮いて見せたら、貂蝉よりも小春の方が、目を丸くして驚いた。


「落涙さま…そのお力は…」

「仙界の方に、協力していただいているんです。だから、心配しないでください!ちょっと行ってきますね」

「……、」


小春は何か言いたげだったが、今は時間が惜しい。
貂蝉に小春を託し、咲良は一気に中央砦の門を飛び越える。
そのまま櫓の上に立つと、じっと砦内の様子をうかがった。
妲己、その鮮やかな色を見逃すはずがない。

くるくると、優雅に舞い踊るように戦う妲己の相手をしている多くは兵卒や足軽で、彼女の攻撃により、見る見るうちに蹴散らされていく。
落涙を守るために…、咲良の目の前で、人が傷付いているのだ。
咲良は胸を痛ませるも、しっかりと笛を握り、歌口に唇を付けた。
これ以上、孫呉の兵を苦しませることは出来ない。


(妲己…私は、貴女が憎い訳じゃないけど…)


それでも、相容れることはきっと有り得ない。
人の敵は、敵である。
だが、正義の反対を悪と決めつけるのは、安直すぎはしないか。

咲良がすうっと息を吸った瞬間、まだ音を出しても居ないのに、妲己がぴたりと動きを止めた。
そのまま、咲良は息を呑み込んでしまった。
恐ろしく鋭い視線を感じたのだ。
妲己は迷わず、咲良を睨み付けた。
猫のような、血走った二つの瞳が見開かれた。
姿を目にしなくても、空気の流れだけでその存在に気が付いたかのように。


「…ふふ、流石は妲己だ。この藤の香が溢れる中、私の香りに気が付くとは」

「え、女禍さん!?」

「ああ、久しいな、私の咲良」


さらさらとした白銀の髪を靡かせ、口端を釣り上げ美しく微笑む、女禍が居た。
背後に立つ気高い仙女の気配に、咲良は全く気付かなかったのだが、古くから彼女と因縁のある妲己は、敏感に感じ取ったのだろう。
だから咲良が音曲を奏でる前に、その存在を気付かれてしまったのだ。


 

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