天が流す一粒



「それなら、余計なことをされる前に一つお願いをしましょうかね。お嬢さんと貂蝉さん…小さな姫様は残った方が良いと思いますが、任せますよ。危険な任だが、妲己の目を引きつけてくれますかい?」


左近の話によると、本陣を狙う妲己の目を逸らすため、咲良を囮に使いたいのだと言う。
咲良を狙って進軍した妲己を目標地点に誘い込み、あらかじめ用意していた伏兵部隊と、背後を付く孫策の本隊で挟み撃ちにするのだ。
要は、上手く妲己を引き付けられるか。
囮役となった咲良に、命運が託された。


「やらせてください!貂蝉さん、着いて来てもらえますか?」

「勿論ですわ。ですが、小春様は…」


危険は一時のものだろうが、まだ幼い小春を、囮役として連れて行く訳にはいかない。
そんなことをしたら、愛娘を心配するあまり、孫策や大喬だって戦えなくなってしまう。
どうか本陣で待っていてください、とお願いする前に、小春はやけに真剣な目をして、真っ直ぐ咲良を見つめた。


「わたしも、落涙さまのお供をさせてください!ご迷惑をおかけ致しますが…、せめて、皆様と同じものを見ていたいのです」

「やれやれ、孫呉の女性は軍師泣かせですな。十分な護衛は与えられませんが、役目を果たせばもう危険はありません」


小春の無謀な願いを、左近は止めなかった。
女三人、妲己を油断させ、注意を引くには十分すぎる面子だろう。

同行を許されても、小春はどこか思い詰めたように俯き、唇をぎゅっと結んでいる。
守られることが当たり前の姫君が、戦う力を持たないからと、自身を卑下する必要は無い。
咲良だって、笛の能力は本来戦いに使用すべきものではないのだが、弱さゆえ、音曲を利用して戦に臨むことしか出来ないのだ。


(絶対に、小春様を傷付けたりしない…)


過去に一度、妲己に狙われた咲良は、小春に身を呈して庇われている。
同じ過ちは繰り返さず、今度こそ、小春を守らなくては。
太公望に与えられた羽衣がきっと、貂蝉や小春の盾となってくれるだろう。
きっと策を成功させ、妲己を打ち負かさなくてはならない。

左近に指示された兵卒が案内をすると言うので、咲良達は本陣の扉をくぐり、外へ出た。
すると目に飛び込んでくるのは、藤の花。
風に揺れる淡い紫と独特な香りは、此処が戦場であることを忘れさせる。

其処には多くの兵が控えていて、咲良達の進むべき道を示していた。
孫権が反乱軍に寝返ったことにより、彼に従い離反した者が多く居る。
古くから孫呉に仕えていた者達が厚い壁となり、本陣や味方拠点を守備していたのだ。
孫策達が孫権らを救出しやすいように道を切り開いたのも、他ならぬ孫権に仕える男達であった。


 

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