慰めを求めて



またお訪ねします、と丁寧に挨拶をし、大喬達は部屋を後にした。
それから幾分もしないうちに、女官がカゴいっぱいの果物やら菓子を大量に運んできた。
鮮やかな彩りに、寂しかった部屋は一瞬にして明るくなる。

「何かお食べになりますか」と問われ、あまり腹は減っていなかったが、赤く熟れた林檎が目に入ったので、それを指差して告げた。
若い女官は丁寧に林檎を剥き、皿に盛ると、咲良の座っている寝台の脇にある机に置いてくれる。
右手は使いものにならなくとも、左手はなんとか動かせるから、食べることは少し手こずるが問題ないだろう。


(林檎の皮むきだって…自分で出来たのになあ…)


用が済んだ女官は早々と退室するが、咲良は綺麗に盛りつけられた林檎に手を付けられず、ぼんやりと眺めていた。
これからのことを考えると頭が痛くなる。
何をするにも人の手を借りなければならないし、今まで楽に出来ていたことが出来ないと言うのはとても辛い。

女官が置いていった手のひらほどの小さな包丁を見て、咲良は左手でそれを持ってみた。
取り敢えず林檎を剥いてみようかと思ったが、利き手ではないため安定せず、手からすり抜け寝台の上に落としてしまう。


(……、私、本当に病人みたいだ)


これほど思うようにいかないものかと知らしめられ、相当に落ち込んでしまった。
手を伸ばして、転がった林檎と包丁を拾う。
それだけで至る所に痛みが走るのだから、どうしようもない。
はあ…と深い溜め息を漏らした瞬間、耳をつんざくような大声を聞き、咲良は盛大にびくりとした。


「馬鹿野郎!早まるな!」

「えっ?いたっ…!!」


ちりんちりん、とけたたましい鈴の音が響く。
何事だろうか、怒鳴り声と共に咲良の体は強い力で寝台に押し付けられた。
同時に、乱暴に肩を掴まれたため、尋常じゃない痛みが駆け巡り、息を詰めた。
本気で殺されるかと思った。
事態を受け入れられず、痛みのせいで生理的な涙に濡れた瞳を開けば、そこには何故か必死な様子の甘寧が居た。

どうして、この人が?
これではまるで、押し倒されているみたいではないか。


「早まるんじゃねぇ!笛が吹けなくなったからって何も命捨てるこたねぇだろうが!」

「はっ…!?な、に…?」

「よし、分かった!俺が責任取ってあんたを娶ってやる。だから落ち着け、な?」


娶る、と言われてしまった。
いきなり出てきて何を言い出すのかと思ったが、どうやら彼は激しく思い違いをしているようだ。
死ぬつもりはさらさら無いのだが、包丁を手に、思い詰めたような顔をしていたためか、誤解されてしまったらしい。
慰めの言葉と分かっていても、そうまくし立てるように言われては…正直不愉快であったが、訂正をしようにもすぐには声にならなかった。


「落涙様、何かあっ…、きゃっ、し、失礼しましたっ!」


開けっ放しの扉から、物音を聞きつけ様子を見に来た先程の女官は、顔を真っ赤にしてバタバタと走り去っていく。
そんな反応をされるほど、恥ずかしい光景だったのだ。
絶対に、勘違いされた。
言い訳も弁解も出来ないまま、咲良はやり切れなさでいっぱいになる。
肩は痛むし、無性に腹が立つし、身も心もボロボロだ。
理不尽な現実に、じわじわと涙が浮かび、頬に流れていく。
甘寧という男は別に嫌いじゃなかったけど、今はもう野蛮人としか思えない。


「どいてください…重いですっ…!」

「あ、悪い」


よくよく考えれば、咲良が床に臥せって入るのは甘寧のせいでもあるのだ。
しかし、甘寧は反省しているようには見えない。
ふざけないで、フルートが吹けなくなったら人生が終わったも同然なのに…、と喉元まで出かかっていたが、小心者の咲良には言えなかった。


「私は、林檎を切ろうとしていただけなんです!それなのに…ああもうっ…最悪…!」

「お、おい…泣くなよ、悪かったって。だがあんな思い詰めた顔で刃物握ってたら、誰だって勘違いするぜ?」

「…出て行ってください」


咲良は甘寧から目を逸らし、深く俯いた。
今はあの女官だけが知る話であり、必ずしも噂が広がるとは限らない。
だが、咲良には耐えられない屈辱だった。
ひとりにしてほしいと呟き、全身で甘寧を拒絶するのに、彼は一向に動こうとしなかった。


 

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