天が流す一粒



カンカンと、けたたましい鐘の音が鳴り響いた。
何事か、と音がした方を見上げた咲良だが、櫓の物見番が、慌てた様子で本陣内に情報を伝えているのが分かった。
この戦は、難なく勝利を収めるはずだった。
だがそれは、結末が決まっている物語だからこそ言えた話であり、架空が現実となった今では、油断など出来るはずがなかったのだ。


「お嬢さん方、こんなところにいらっしゃいましたか」

「左近さん!あの…何かあったのですか…?」


咲良と貂蝉、小春の前に顔を出した左近は、気疲れしたように溜め息を漏らした。
戦が始まってから、時間はそれほど過ぎていないはずだが…咲良達が立ち話をしている僅かな間に、孫権を逃がしてしまった妲己は、とある決断を下したようだ。


「何かあった…ま、これぐらいは予期していましたがね。先程、孫権さんが孫策さんと合流したんですよ。すると妲己は孫権さんへの追撃を諦め、本陣を出て、此方に向かって進軍を開始したときた。あんたに狙いを定めたってことでしょうな」

「私に……」

「だがお嬢さん、怯えることはありませんよ。周瑜さんとよく話し合って兵を布陣させましたからね。それに、頼もしいお方が傍にいらっしゃるでしょう」

「ええ。私にお任せくださいな」


そのために来たのですから、と凛々しい笑顔で答える貂蝉を見た左近は、にやっと笑った。
誰かを守りたい、という気持ちは皆同じなのだ。
妲己だって…、同じではないのだろうか。

敵総大将であるはずの妲己が、本陣の守備を放棄し、多勢を率いて進軍し始めた。
それほどに彼女は、追い詰められているのだろうか。
有能な駒であった孫権が使いものにならないことに焦り、早く落涙を亡き者にしなければと。
遠呂智が眠らされてしまうのだから、妲己もなりふり構っていられないのかもしれない。


(それでも私だって…黙ってなんかいられない…)


孫策・孫権らが妲己の背後を突くとして、此方は本陣に迫る敵を撃退しなければならない。
此度は妲己も本気で向かってくるはずだ。
彼女の狙いは奏者の落涙に絞られたため、左近は意地でも咲良を本陣の外に出しはしないだろう。

思い悩むことなど何一つも無いはずなのに…咲良はぎゅっと笛を握り、深く俯いた。
本当は、左近の助言を聞いて大人しくしておきたいところだが、自分が原因で皆が危険に晒されているのに、じっとしていることなど出来ない。
だがいつも、左近の言葉を悉く無視して、自ら危険に首を突っ込んでいるのは他でもない自分である。


「咲良様、何もご心配することはありません。私がお傍に居ます。勿論、小春様もですよ?お二人は私が命にかけてお守り致します」

「貂蝉さん…、えへへ、私のことは大丈夫です。でも、守られてばかりじゃいられません。私も、貂蝉さんと小春様を守ります!」


そんな無茶な宣言をしたためか、左近がまた頭を抱えている。
大人しく守られていればいいものを…、どうしても、何もせずにはいられないのだ。
咲良と同じように、胸を押さえて不安げな顔をしていた小春も、貂蝉の言葉にぎこちなく笑んでみせた。


 

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