やがて来たる



悠生には幸せになってもらわなくては。
弟の未来を守ることが、咲良の一番の願いであり、生きる糧となっていた。
二度と顔を合わせることがなくたって…、いつまでも、悠生の姉でいたい。
最後の瞬間まで、周泰の妻でありたいと願ったように。

…周泰には、自分が居なくなったら新たな妻を迎えるよう願ったけれど、正直に言えば、それは本意では無い。
だが、もしも周泰に、貴方も他の男と幸せになってくださいと告げられたら、咲良は今以上に苦しい想いをしたことだろう。
最後まで夫婦で居ようとしてくれた、周泰のことを…、とても愛おしく思った。


「…落涙さま…」

「えっ!?小春様…?」


背にぶつけられた、落涙の名を呼ぶ幼い人の声に、咲良はびくりと過剰に反応してしまった。
いつから其処に居たのか、話に夢中になっていたため、彼女の存在に全く気が付かなかった。
咲良と同じく本陣に残った小春は、幕舎に残っていたはずだったが、咲良がなかなか戻らぬことを心配して様子を見にきたのだろう。
現に、貂蝉と咲良は時間を忘れ、ずっと話し込んでいたのだ。
今朝、仲間に加わったばかりの貂蝉のあまりもの美しさに、兵達は幕舎に戻るよう促すことも躊躇っていたようだ。
左近は空気を読み、あえて放置してくれたのかもしれないが、そんな中、小春は申し訳なさそうに声をかけてきたのだった。


「咲良様、そちらの御方は…」

「小春様です。孫策様と大喬様の娘さんなんですよ」

「まあ!孫策様の…とても愛らしい御方なのですね…私は貂蝉と申します。仲良くしてくださいますか?」


貂蝉は背の低い小春に目線を合わせると、丁寧に挨拶をする。
すると小春は顔を赤らめ、拱手で応えた。
貂蝉は穏やかな笑みを浮かべ、目を細めて小春を見詰める。
きっと、ひと目見て、大喬の血を受け継ぐ小春の、今は可愛らしさに隠されたその美貌に気が付いたのだろう。
何か似たものを感じたのではないか。
乱世を生きねばならぬ美しき少女の今後を、たった一瞬の間で哀れんだのかもしれない。


「こちらこそ、宜しくお願い致します、貂蝉さま…」

「ふふ、小春様は、本当に愛らしい御方なのですね…、私達を迎えに来てくださったのですか?」

「わ、わたし…申し訳ありません!立ち聞きをするつもりはなかったのです。ですが、落涙さまは、父上の揺藍歌を奏でたら何処かへ行ってしまうのですか…?だからわたしに、あのような話をされたのですか…?」


予想もしていなかった問いに咲良は驚き、瞬きさえ出来ずにいた。
涙に濡れた小春の瞳が、咲良をとらえて離さないのだ。
小春は赤い唇を戦慄かせ、声は今にも消え入りそうなほどに震えていた。
貂蝉とは他愛ない会話の流れで込み入った話をしてしまったが、突然、衝撃的な事実を聞かされた小春は、どうして良いか分からなかったのだろう…ついには泣き出してしまった。


 

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