やがて来たる



半蔵が小牧山城の牢獄から、孫権達を無事に逃がすことに成功したとの知らせを受け、孫策軍はついに出陣した。
妲己にしつこく狙われている咲良は、本陣に残ることとなっていたが、孫策の傍に控える周泰を見て、馬上の彼に思わず声をかけてしまった。


「…落涙様…?」

「周泰さん!あ、あの…幼平様…、どうかご無事で…!必ず、孫権様をお救いしてくださいね…」


ただ帰りを待たなければならないという不安と、恥ずかしいことを言ったのと、様々な想いが巡り、咲良は自分から話し掛けておきながら周泰の顔を見ることが出来なかった。
だが周泰は、そんな咲良の心を察してか、馬を下り、俯いたままの咲良の傍に歩み寄ると、その手に何かを握らせる。
静かに音を立てたそれは、花をかたどり、輝く金に小さな玉が埋め込まれ、細かな装飾が施された、非常に美しい首飾りだった。
常人には到底、手が届かないほどの高価なものだと見て分かる。
とても可愛らしく、咲良は目を輝かせ、手の中にある首飾りに魅入っていた。


「…孫権様が…選んでくださったのです…落涙様にお渡しするようにと…」

「孫権様が?で、でも、受け取れません!そのような高価なもの、私には勿体無いです…それに、私は…」

「…誰が何と言おうと…貴女は俺の妻だ…これは咲良に持っていてほしい…」


この先に待つであろう悲しい未来を、咲良の我が儘を、周泰は受け入れてくれた。
だから最後まで、彼の傍にいようと思った。
周泰は、優しいから。
形ばかりの妻などに構わずに、新たな妻を迎えることだって出来たはずなのに。
離縁したい…、なんて、嘘でも言うべきではなかった。
周泰と落涙の婚姻を祝ってくれた孫権、そして周泰自身、心から咲良のことを想ってくれていたのだから。

周泰は首飾りを手に取ると、未だに躊躇っている咲良の首にかけた。
よく似合います、と言って周泰は笑う。
誰のものかも分からぬ遺骨より、自分が贈ったものを持っていてほしいと、強い願いを込めたのだ。
彼の気持ちを受け止めた咲良もまた、応えるように笑み、周泰の片手を包み込むように握った。


「ありがとうございます…ずっと、大切にしますね。孫権様にもお礼を言いたいです」

「…孫権様も喜ばれるでしょう…待っていてください…すぐに孫権様をお救い致します…」


周泰は最後に咲良をぎゅっと抱き締めると、身を翻し、馬に跨がって軍団の中へ戻っていった。
彼の背をじっと見つめていた咲良だったが、暫くして姿が見えなくなると、改めて首飾りに視線を移した。
たった今別れたばかりの周泰のことを思い出し、胸が痛む。


(私って…バカだなぁ…単純だし…、どんどん好きになっていく…)


本当に、自分らしくないことをしてしまった。
彼らは出陣を控えた身だと言うのに…、皆に見られていることも分かってはいたが、恥ずかしくても、話しかけずにはいられなかった。
咲良と周泰の仲は皆が知るものとなったが、今日再会したばかりの貂蝉だけは首を傾げ、寂しげに首飾りを見詰める咲良に、静かに言葉を投げかけた。


 

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