懐かしき風景



「お前が咲良の友達ってのは分かったが、よく敵の目をかいくぐって来れたよな。お前の他に、咲良を守ろうと志を同じくする者が居たんじゃないか?」

「その通りですわ。これまで、石田三成様に世話をしていただきました。三成様は悠生様とも御懇意のご様子で…私が咲良様にお会いしたいと所望したら、こうして送り届けてくだされたのです」

「石田三成…曹丕の隣に居たあの男か。ん、悠生って誰だ?」

「悠生様は…咲良様の…」


孫策に問われた貂蝉は、少々困り顔で咲良を見た。
遠呂智軍に所属している悠生の名など、とうに広まっているものだと思い込んでいたのだろう。
皆の前で口にして良い内容であるか、貂蝉は慎重になっている。
仲間達の間で落涙の弟の名が知られていないことは妙な話であるが、孫呉において悠生の名は"黄悠"として認識されていたのだ。


「"悠生"は、私の弟の名です。黄悠とも呼ばれていたようですが…本当の名は悠生と言います」

「黄悠のことだったのか!そうか…、貂蝉、黄悠は元気だったか?」

「ええ。悠生様も、不本意ながら妲己に使われる身であれ…、純な瞳をしておられましたわ」


貂蝉は孫策にではなく、あえて咲良に向かって言ったのだ。
弟の無事を伝え、一時でも、安心を与えるために。
悠生と貂蝉、二人がどんな言葉を交わしたのかは分からないが、間違い無く咲良のことにも触れたのだろう。
詳しく聞いてみたいが…、内容を知ったら心が乱れてしまいそうなので、咲良はぐっと我慢をした。


「実は私、悠生様から咲良様に、伝言を預かって参りました。"久遠劫"という名の旋律について…」

「本当かよ!?おい咲良、それってあれだろ!いつか、俺が唄っていたっていう!!」


咲良は貂蝉の発言に驚き、興奮した孫策の言葉に返事をすることも出来なかった。
久遠劫…それはまさに、これまで咲良がずっと捜し求めていた、遠呂智のための子守歌である。
過去、悠生は咲良宛ての手紙に旋律について記したが、早とちりした甘寧により、弟のメッセージは上手く伝わらなかった。
周瑜は「落ち着きたまえ」、と一人喜びをあらわにする孫策を宥めるが、貂蝉の口から発せられた単語に、目を光らせたのは彼も同じであった。


「貂蝉殿、それはまことであろうか。旋律は孫策、そして乳飲み子であった小春様しか知らぬはず…何故黄悠殿が、その旋律を知り得たのか…」

「理由は分かりかねますが…悠生様は確信を持っておられました。久遠劫の旋律とは、"生路"の"めいず"である。詩と、詩の意味、倭国と三国の言葉の響き…、全てを理解した上で、咲良様に笛を奏でてほしいと、そう仰られたのです」

「生路…が…?」


咲良の脳裏に、かの旋律が蘇った。
悲しみばかりを生む、無情な戦の後に訪れた、あたたかな泰平の世。
戦士は祝杯をあげ、乙女は舞い踊る。
その美しい歌は、今までに何度も奏でたことのある、エンディングテーマだった。

旋律だけは、よく知っている。
だが、詩はどうであろうか?
正確な発音は分かるのか?
生路の歌詞には中国語が使われていたが、果たしてその意味を考えたことがあっただろうか。

 

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