懐かしき風景
「咲良、覚えはあるか?」
「はい…!私のことをよく知る、大切な友人なんです。悪い人ではありません!孫策様、話をすることを許していただけませんか…?」
「構わないぜ。だが二人きりには出来ねえな。俺達も話に混ざっても良いか?」
咲良の身を案じて言っているのだ。
孫策の気遣いはすんなりと受け入れられるもので、彼らが見守る中、咲良と貂蝉の再会が叶うこととなった。
出陣を控えているため、十分な時間は無い。
皆は武装して本陣に待機し、幕舎には咲良と、孫策と周瑜だけが残った。
そして、落涙の友として案内された女性の姿に、彼らは揃って息を呑んだ。
二人の妻・二喬とはまた違った美しさを持つ、董卓や呂布に愛され絶世の美女と称された貂蝉。
まるで連行されるかのように、兵に引き連れられて歩く貂蝉は、伏し目がちに俯いていた。
その様子もまた美しく、いつも傍で見ていたはずの咲良でも、感嘆の溜め息を漏らしてしまうほどだった。
咲良は貂蝉を想って泣いたことがあるが、貂蝉だって、咲良のことを想い、涙を流してくれたのだろう。
彼女の一番は今も昔も変わらないはずだ、だが確かに、咲良は貂蝉と友達となれた。
居ても立ってもいられず、咲良は小走りで彼女の元へと駆け寄った。
「貂蝉さん…!」
「ああ…咲良様…!」
今にも泣き出しそうな顔で微笑む貂蝉を見たら、咲良も感極まって、思わず彼女の胸に飛び込んでしまった。
貂蝉は難なく咲良を受け止め、ぎゅっと抱き締めてくれる。
女性らしい柔らかな髪からは、戦場に香る花とは違う、良い香りがした。
「私、貂蝉さんに会いたかった…!本当に、ずっと、私の笛で舞っていてほしかったんです…」
「私も同じですわ…ですが、咲良様の音を、一日たりとも忘れたことはございません。今はもう、私達の間に隔たりは無いのです」
瞳に涙を滲ませた咲良が顔を上げたら、貂蝉の目尻にも光るものが見えた。
沢山、話したいことがあったのだ。
ペンダントは光となって消えてしまったけれど、呂布とは再会出来たのだろうか?
失った時間を、取り戻すことは出来たのだろうか。
役目だとか使命だとか、貂蝉の中の、後ろめたい想いは無くなったはずなのだ。
泣き喚くことはなかったが、咲良は頬に一筋の涙を伝わせた。
貂蝉に与えられた落涙の名は、やはり咲良のものである。
以前のように、私の旋律にのせて彼女に舞ってほしい、そう願う。
だがそれは、この世の静寂を取り戻してからの話だ。
今は少しでも、再会の喜びを分かち合えればそれで良い。
「…私はかつて、遠呂智軍に居りましたが、小牧山城にて行われる処刑の儀に関し、妲己が咲良様の名を掲げたため、こうして飛んで参ったのです。お傍で咲良様をお守りするために…」
貂蝉は、此処に辿り着いた経緯を丁寧に語った。
孫策は遠呂智軍から脱走した貂蝉を快く迎えるが、やはりそれで終わりではない。
その性格からは想像出来ないほど鋭い目でものを見る孫策は、相手に不信感を抱かせず、さらには心を傷付けぬようにして、疑問をぶつけるのが得意だった。
今日初めて顔を合わせたばかりの貂蝉に対してもだ。
[ 345/421 ]
[←] [→]
[戻]
[栞を挟む]