懐かしき風景




美しい紫に染まった藤の花が揺れている。
柔らかな香りに満ちた小牧山城を見据え、孫策はまず半蔵と忍者部隊に、捕らわれた孫堅と孫権を逃がすことを命じた。
長く遠呂智配下であった尚香が、裏道などを詳しく知っていたのだ。
二人を解放し、合流したところで一気に妲己を叩く。

咲良は今回、小春と一緒に本陣待機を命じられた。
孫権らの救出のため、尚香や稲姫、大喬など女性陣も揃って出陣することになっていたが、妲己に狙われている咲良をみすみす戦場に立たせることは出来ないと、お留守番役を言い渡されてしまった。


(迷惑をかけてまで戦場に立つのは申し訳ないし…それに、本陣の守備だって大事なことだしね。左近さんも本陣に残るって言うから、私は小春様をお守りしよう!)


などと、咲良は一人で控え目な決意をする。
ここは出しゃばらず、素直に守られていた方が、皆の邪魔にならなくて済むのだ。
元より、左近も周泰も許さないだろう。
大事に扱われることは嬉しいが、色恋の経験が無いに等しい咲良は、どう反応して良いか分からず挙動不審になってしまう。
やはり、大人しくしているのが一番だ。


敵の領域に忍び込んだ半蔵の合図を待ち、陣で待機していた孫策軍の元に、思わぬ訪問者が現れた。
此方は出陣を控えていると言うのに、わざわざ訪ねてくる方も酔狂であろう。
対応に困り、慌てた様子で孫策の前に膝を突いた使い番は、一気に事の次第を話した。


「孫策様!見慣れぬ女が、落涙様に謁見を求めているのですが…追い返しましょうか?」

「あ?おいおい、此処は戦場だぞ!?女が、咲良が居るって分かって訪ねて来てるのか?そりゃあ怪しいな。名は何て言うんだ?」

「それが…、偽名とも思われるのですが…貂蝉と…」


貂蝉と、その懐かしい名を耳にした咲良は、心臓が止まるかと思うほどに驚いた。
忘れるはずがないだろう、親しい友人の名を。
前触れもなくこの世界に落とされた咲良を、蘭華と共に守ってくれた、心優しい人のことを。
月が恥じて姿を隠してしまうという舞姫が、貂蝉が、会いに来てくれたのだ!

後継者にするため、と蘭華の姿を借りた女禍の手により、貂蝉とは突然の別れを迎えることとなったが、いつか必ず再会出来ると、咲良はずっと信じていた。
まだ顔も見ていないのに、胸が熱くなり、涙が出そうになった。


 

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