懐かしき風景



周泰に愛されている間も、咲良の涙は溢れ、止まる気配も見せなかった。
この人の手を、離したくないのに。
だが、一つだけ言えるのは…、本当に幸せだった。
この思い出だけで、生きていけるはずだ。
さよならをするその時まで、最後まで、貴方の傍に。




合肥の地から出立したばかりの孫策軍に、良からぬ報が飛び込んできた。
曹丕軍に捕らわれていた妲己が脱走した。
更には、小牧山城にて、数々の敗戦の責任を問われた孫権が、孫堅もろとも処刑されるというものだ。
関ヶ原での敗北は長篠の戦いで挽回した孫権だが、合肥の戦いでは敗走し、その後の樊城の戦いには遅参してしまったという。
連日、数多くの戦に駆り出され、兵は疲労し、皆の心も乱れ始めていたのだろう。
国を想い戦い続けた孫権ひとりに責任を負わせるなど、あまりに哀れではないか。

そして、孫策は激昂する。
小牧山城に孫策軍を誘き出すためか、妲己が孫堅らの処刑の日程を盛大に発表した際、同じくして一つの条件を出したらしいのだ。


「親父と権を解放してほしいなら、咲良を差し出せだとぉ!?馬鹿にするなよ、誰が許すかよ!!」

「そうだな、馬鹿正直に落涙殿を差し出したところで、妲己が殿を解放するなど有り得ない。孫策、君の答えは決まっているのだろう?」

「ったりめぇだ!!親父達を助け、咲良も守る!そして妲己をぶっ飛ばす!!」


そう、妲己は今も落涙を追い続けている。
物語はもう終盤に差し掛かっているのだ、妲己もいい加減に焦り始めているのだろう。
孫策や周瑜の頼もしい言葉に、咲良は申し訳なくも、心強く思った。
身内の二人と楽師を天秤にかけても、孫策はその傾きなんて最初から無視しているのだ。


「孫権殿はなぜ逃亡しないで素直に遠呂智の元へ戻ったのでしょう…戻れば合肥敗戦の責任追求は免れません」


ふと疑問を口にした、蘭丸の問いはもっともであった。
このような事態、聡い孫権でなくとも容易に予測出来たはずである。
孫権の暴挙ととも取れる行動に、疑問を持たない方がおかしいのだ。
だが蘭丸は、孫策を見極めるためにと彼の後を付いて来た。
同じ志を抱き、共闘する中で、人々が孫策に惹かれる理由を身を持って知ったはずなのだ。
だから…蘭丸は他人に教えられる前に、孫権の悲しいまで純粋な心に気が付いた。


「もしや、孫権殿は処刑覚悟で戻ったのでは?孫策様、貴方に孫呉の未来を託そうと…」

「ああ。言ったろ?俺を信じているからさ」

「蘭丸、これが孫呉の絆だ。少しは理解してくれたかな?」


孫呉のもとに人が集まる、その理由とは。
皆が国を想い、互いを思い合う…、絆があるからだ。
孫呉の人々に強い精神を根付かせたのは、此処に居る孫策である。
孫権も、進む道は違えども、尊敬する兄への想いは昔と変わっていない。
いや、より強くなったのかもしれない。
自らの命を投げ打って、孫策に全てを託そうと思えるほどに。
控えめにだが頷いてみせた蘭丸を見て、孫策も周瑜も、顔を見合わせて笑った。


 

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