愛に報いる人



「私は、遠呂智を封じるために、子守歌を奏でる役目を与えられました。ですが、役目を果たしたら私は…故郷に帰らなくてはならないんです」

「…貴女が言う…故郷とは…」

「此処からずっと遠い場所にあります。きっと、二度と孫呉には戻れません…だから私は、これ以上お傍にいることは…」


これまで、妲己が執拗に落涙を追っていた理由を、周泰は漸く知った。
この娘が遠呂智の脅威となる。
咲良の笛による子守歌が世に響けば、彼女は故郷へ強制送還されると言うのか。


「…笛を吹かずとも…遠呂智を倒す術は…」

「もし遠呂智を死なせたら、遠呂智によって蘇った孫策様達が消えてしまうそうです。今、孫策様という光を失えば…皆は道を見失ってしまいます」

「…ですが…代わりに貴女が…!」

「私は…死ぬわけではありません。皆さんとはお別れしなければなりませんが、私のことは…大丈夫ですよ…」


咲良には自己犠牲的な面がある…、左近が言っていたのは、このことだったのか。
多くの者の幸せのために、自身が苦しみを負うことを厭わない、悲しい優しさだ。
孫策を失うことは、遠呂智が存在する世において、孫呉の壊滅にも等しい。
咲良に笛を吹くなと命じては、みすみす灯火を消すことになる。
しかし、彼女も故郷に帰るだけとは言うが、妻としての咲良を永遠に失うなど、周泰には死を宣告されたも同じである。

周泰は強く力を込め、だが怯えさせないように、咲良をぎゅうと抱き締めた。
濡れた目尻に唇を押し付け、涙を吸えば、咲良はぴくんと震える。
互いの吐息がかかりそうなほどの距離で、視線を絡め合わせた。
優雅に笛を扱う咲良の手が、周泰の無骨な手に重なる。
あたたかく、触れたところから彼女の想いが流れてくるかのようだった。


「…それでも俺は…咲良だけを愛している…」

「私も、大好きです…やっと私も、幼平様をお慕いしていると口に出来るようになったんですね。ああ…もっと早く出会えていたら…幼平様との可愛い子を…授かっていたかもしれないのに…それだけが、心残りです…」

「っ……、」


頬を染め、甘い声でそのようなことを呟かれたら、いくら忍耐強い周泰でもたまらない。
今度は、深く味わうような口付けをした。
やはり咲良は拒まず、うっとりと、熱に浮かされたような顔をするのだ。
どのような運命が待ち受けようとも、愛しいこの娘を、手放せるはずが無かった。


 

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