愛に報いる人



「ところで、周泰さん。お願いがあるのですが、聞いてくださいますか?」

「……、何でしょうか…?」

「今すぐ離縁を命じていただきたく思います。私は、周泰さんの妻には相応しくありません」


…息が、止まりそうになった。
離縁、それは最も、聞きたくない言葉だった。
嫌われても可笑しくないことを仕出かしたのは事実だが、信じたくもなかった。
瞬きすらせず真っ直ぐな瞳を向ける咲良は、冗談など言いそうにも無い。

周泰は唇を戦慄かせ、胸の内を吐露する。
離したくない、他の誰にも渡したくはない…、自分勝手な感情ばかりが沸き上がり、咲良を問い詰めずにはいられなかった。


「…やはり…俺を恨んでおいでですか…?貴女は俺より…島左近のことを…」

「違います。恨んでもいませんし、左近さんは関係ありません。これは私が決めたことなんです」

「…では何故…!俺は…貴女を愛しているのに…!!」


何が何でも離すものかと、押さえきれぬ想いが、周泰の自制心をぶち壊す。
咲良の細い肩を掴み、乱暴に寝台に押し付け、貪るようにその唇を吸った。
久しぶりに触れた唇は相変わらず柔らかく、一度触れてしまえば止めることなど出来ない。

抵抗されるかと思ったが、意外にも咲良は強引な口付けを受け入れていた。
後ろに回された手が、周泰の背を優しく撫でた。
口吸いに没頭していた周泰は、咲良の瞳に浮かぶ、息苦しさのせいだけではない涙の雫を見て、はっと我に返った。
……まさか、犯すつもりだったのか、愛しい女を。
取り返しのつかないことをしてしまった思った時には、周泰は反射的に身を引いていた。


「っ……!俺は…泣かせるつもりなど…」

「良いんです…ごめんなさい。涙を見せないように頑張ったのですが…。私、まだ、肝心なことを言っていませんでしたね…、幼平様…ずっと…一緒に居たかったのですが…ダメになってしまいました」

「……咲良……!」


とめどなく溢れる涙を、拭ってやることも出来ない。
咲良はまだ、微笑んでいるのだ。
頬を涙で濡らしながらも、その笑みを崩そうとはしない。
頑ななまでに、笑顔を維持しようとする。
周泰の方が、胸が張り裂けてしまいそうなほどだっだ。


 

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