愛に報いる人



合肥城の一室で、咲良が休んでいるという。
尚香の後に続き室内に足を踏み入れた周泰は、咲良が寝かされる寝台を囲んでいた大喬・小春と徳川の姫武者…稲姫の視線を一挙に浴びた。


「稲、小春も大喬姉さまも、落涙を看ていてくれてありがとう。あとは私に任せて、休んでちょうだい」

「尚香…、周泰殿を連れてきたのね。あなたの意思ならば稲は何も言わないけれど…」


訝しげに眉を寄せる稲姫は、咲良の事情を詳しく知らずとも、彼女が意識を無くした原因が周泰にあることを知り、複雑そうな表情をしているのだろう。
小春はおろおろと、不安そうに大喬を見上げるが、穏やかな大喬はにこりと微笑み、娘の髪を撫でて安心させようとする。
母の手で笑顔を取り戻した小春は、今度は真っ直ぐ周泰を見つめ、小刻みに震える唇を開いた。


「周泰将軍…落涙さまは、口にはされませんが、とても寂しそうでした。わたしには、そのお気持ちが痛いほどよく分かります。どうか、慈しんで差し上げてください…」

「…元より…そのつもりです…」


やはり呟くようにではあるが、小春は周泰の誠意ある言葉に、満面の笑みを返した。
大喬も深く頭を下げ、小春と、未だ納得いかなそうな稲姫を引き連れて部屋を出た。
尚香と周泰を残し、部屋には静寂が満ちる。
彼女は暫し咲良の髪を撫でていたが、ふと周泰を見て、笑った。


「じゃあ、私も行くわね?でも周泰、あなたに落涙を任せるけど、また泣かせたら許さないわよ?」

「…努力…致しますが…」

「もう!そこははっきり大丈夫と言うべきでしょう」


尚香はふふっと微笑むと、頑張ってね、と言い残し、女性達を追い掛けた。
孫呉の姫達は本当に咲良を慕っている。
咲良は、愛される娘なのだ。
それこそ、皆の光である孫策のように。
孫策が太陽であれば、咲良は月であろうか。
控えめながら、確かに存在を主張し、柔らかな光で闇を照らす…柔らかで心地好い光だ。


(……咲良……)


周泰はまじまじと寝台を見下ろすばかりだったが、意を決し、深く眠っている咲良の頬に触れた。
まだ、涙は流れていなかった。
夢の中ででも、泣かせているのかと思っていたのだ。

周泰は自分でも気付かぬうちに緊張していたらしく、吐き出す息がやけに響いて聞こえた。
同時に指先も震え、このままでは咲良を起こしてしまい兼ねない。


(…今日まで貴女は…俺のことを…一度でも愛してくださったのだろうか…)


初めて閨を共にした夜のことを思い返す。
周泰の傷だらけの肌を目の当たりにした咲良は、怯えるどころか、傷痕を愛おしそうに撫でたのだ。
瞬間、自分の妻にはこの少女しか考えられないと思った。

周泰は、間違い無く咲良を愛していたが、咲良はどうかと考えると…正直なところ、自信が無かったのだ。
無理矢理、契りを結ばせたようなものである。
今すぐ答えを要求するのも可哀想で、結局は曖昧なままにしてしまったのだった。

本当は、甘寧の方が良かったのではないか。
左近と共にある方が、幸せになれたのではないか。


 

[ 337/421 ]

[] []
[]
[栞を挟む]



×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -