愛に報いる人



「そうですね…あのお嬢さんは確かに普通だが、異常な強がりだ。素直に守らせてくれないので常に胃が痛みましたよ」

「ふふ、可愛いじゃない。だから余計に必死になっちゃったんでしょう?」

「ま、興味をそそられる箇所は数多くありましたけどね。やっぱり俺が惹かれたのは、泣き虫の強がり…ってことなんでしょうかね」


そう言って、左近は今日初めて笑った。
咲良のことを思って笑ったのだ。
彼女を想う左近の心が本物だと、同じ想いを抱く周泰にはよく分かった。

左近は、悩み苦しむ咲良の隣で、彼女を励まし支え続けていたのだろう。
いつしか、役割が使命へ変わった。
愛しいから守る、愛した女を守ることが己の生きる糧となるゆえ…、それもまた、単純だが立派な理由だ。


「周泰はどう?私は権兄さま一筋のあなたが、まさかこんなに早く妻を娶ろうとするなんて思わなくて、とても驚いたのよ。しかも相手が落涙だなんて!」

「…俺は…」

「落涙は素敵な女の子だけど、どちらかと言えば甘寧のような賑やかな男と結ばれると思っていたわ」


そう、甘寧もまた、咲良を好いていた。
今、左近に向けられている憎悪の視線…甘寧にも同じものを、向けられたことがあったような気がする。
咲良は多くの者に愛されていた。
その人間性に、魅了されるのだ。

初めて、周泰が咲良に惹かれた理由となれば、笑顔の裏に見え隠れしていた密かな悲しみに触れたことだろうか。
彼女の抱える悩みとは、生き別れとなった弟・黄悠のことだとばかり思っていた。
実際は、咲良はその頃から既に、己にかせられた過酷な運命を受け入れていたのかもしれない。

最初は確かに、義務感だったのだ。
任務を忠実に遂行してきた周泰が、私情を挟むことなど有り得なかった。
やがて、あり得ない現実が、覆される。
強引な手で彼女を我が物にし、満足した。
いつしか咲良も、心を開いてくれたように思う。
本当に、幸せに満たされていたのだ。


「…ただ…愛おしいのです…」


たった一言で纏められた周泰の本心。
だが、それで十分だろう。
その存在こそが、愛おしい。
この娘と共に生きたい。
全てが大事だ、ただそれだけである。


「…周泰らしいわ。落涙じゃなくちゃダメなんだって、説得力があるもの」

「そうですかい?女は言葉一つに敏感で、口煩いものでしょう」

「左近、落涙はそんな娘じゃないわよ。それに、最後に決めるのは落涙よ。さあ、周泰。落涙のところに案内してあげるから、着いてきなさい」

左近はもう、引き留めようとはしなかったが、すれ違う瞬間、周泰にだけ聞こえる小さな声で呟いた。
消し去ることの出来ない苦しみを、ぶちまけるかのように。


「俺もあんたも、結局は報われない。あのお嬢さんは、誰のものにもなりませんよ」

「……、」

「あんたが絶望する顔を拝みたいですな」


単なる皮肉や嫌みだとは思えない言葉だ。
左近のその表情は、声は、いずれ同じ苦しみを味わうであろう周泰に同情し、哀れんでいるかのようだった。


 

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