深い音の流れ



「以前、小春様が傷を負われたあの日、その場に落涙殿もいらっしゃったでしょう?小春様は、刺客の顔を覚えておいでですか?」

「…ええ。思い出すだけでも寒気がします。あれは、妲己でした。わたしと母上を拘束した妖女に間違いありません」

「やはり、落涙殿に非はありませんでしたか。それを聞いて安心いたしました。落涙殿、今までの非礼をお詫びしたい」


小春の口からついに真実が語られ、周瑜はやっと肩の荷が下りた様子だった。
贔屓にしていた楽師に疑念を抱かなければならなかった…、そのことに、周瑜は心苦しさを感じていたのだ。
謝ることなんて一つもない、そう言いたかったが、咲良は頷くことしか出来なかった。
でも…、嬉しくない訳ではないのだ。
ずっと気掛かりだった不安が一つ、消えてくれたのだから。
事情を知らない孫策は首を捻るが、大喬は落涙の身の潔白が証明され、心からほっとしたようだった。


「よく分からねえが…、悪い話じゃないんだな。だが、積もる話は後にしようぜ。まずは董卓にきっちり落とし前をつけねえとな!」

「ああ、孫策の言う通りだな。左近、我らは董卓を討つ。君はこのまま大喬殿や落涙殿の護衛を任されてくれるか?」

「ええ、俺はお嬢さんから目を離せないのでね」


さも当然、とでも言うように返す左近だが、肩を竦める姿を見れば、彼は事務的に咲良の護衛を務めているように思えてならない。
別に冷たくされたところで仕方がないと諦めてはいたが、そんなふうに嫌そうな顔をされると悲しいではないか。
戦場で生きる男に優しさを求めようとする自分が、愚かなだけかもしれないが。


大喬らと砦に残された咲良は、涙を拭いて、これからのことを思案する。
自分に出来ることは櫓に登って周囲を見渡し危険を伝えることぐらいだと、左近に相談することにしたのだが、やはり彼は皮肉っぽく笑うか、浮かない表情をするばかりであった。
駄目なら、駄目だと言ってくれたら良いのに。
勿論、左近には感謝することばかりなのだが、咲良は護衛に徹してほしいなんて一度も頼んでいないのだ。
じゃあどうして、無理してまで傍にいてくれるのだろう。
信長の命令だから、それ以外に理由は無いと言われたならば、咲良はもう左近の目を見ることは出来そうにない。


「左近さん…私、何かしましたか?確かにご迷惑はかけていますが、そんな…嫌われるようなことをした覚えは…」

「…お嬢さんこそ、俺に黙っていることがあるでしょう?俺はあんたを、大事に扱ってきたつもりなんですがね」


やれやれ、と左近は深く溜め息を漏らすが、咲良には全く意味が分からない。
特別隠し事をしたつもりは無いし、それを左近に指摘される理由も無いはずだ。
それなのに左近は咲良に問題があると言う…理不尽ではないか。


 

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