深い音の流れ



「いったい何ですか、これは…、もしやお嬢さん…あんたが…?」


いつしか、川の流れが変わっていた。
敵本陣のある北側から南に向けて流れていた川が、いきなり逆流し始めたのだ。
流れに従って孫策軍を奇襲していた遠呂智軍は押し戻され、これ以上の増援が押し寄せることはない。


「お嬢さん!あんた張角さんの真似事なんかして…!!」

「だ、大丈夫です!見ての通り、元気ですよ」

「……、川の流れの変化に敵は動揺しているようだ。張コウさんも放置で良いでしょうな。今のうちに、孫策さんを追い掛けましょうかね!」


何か言いたげではあったが、左近はどうにか言葉を呑み込んだようだ。
ふわりと地上に降りた咲良は、左近にそのまま強く手を引かれて突っ返そうになるも、再び足を進める。
張コウは二人を追撃するでもなく、ああっとか弱げによろめいて、未だ響きが残る美しさの余韻に浸っていた。



―――――



大喬が捕らわれていた砦付近に、遠呂智軍の姿は見えなかった。
左近が張コウと戦っている間に、砦は既に孫策軍によって制圧されていたようだ。
愛する大喬が董卓の欲望の道具にされかけたことに、孫策は本気で怒りを覚えていたということだろう。

兵達に案内されるまま、咲良と左近は砦内に足を踏み入れた。
するとそこには、久方振りの再会の喜びを涙ながらに分かち合う夫婦…そして親子の姿があったのだ。


「小春様……?」


孫策は大喬と小春、二人の愛しい存在を全身で強く抱き締めていた。
大喬は堪えきれずに肩を震わせて涙を流し、小春は可愛らしく頬を染めながら瞳を潤ませ、孫策を見つめている。
脱走に失敗し、遠呂智軍に捕らわれ処断を待つ身であったのは、大喬だけではなかったのだ。
娘と引き離された、と関ヶ原で再会した大喬は悲しげに嗚咽を漏らしていた。
だが今、こうして親子の再会が叶ったのだ。

孫策相手に、恥ずかしそうにはにかむ小春の姿を見て、咲良もまた、涙が出そうになった。
随分と久しぶりに顔を合わせた気がする。
ただただ、元気でいてくれて良かったと思った。
小春との一番最後の思い出は、妲己に襲われるという本当に最悪なものだったから。


 

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