深い音の流れ



ふと顔を上げた張コウと視線がかち合う。
その隙に左近が足元を狙い、体勢を崩そうと一太刀喰らわせるが、それを張コウは良しとしない。
攻撃を交わし、華麗に宙返った張コウは、興味津々に咲良を観察し始めた。
どちらかと言えば、背に揺らめく羽衣に興味があるのだろうが。


「美しい…!その輝き、まさに天の国の美の象徴!」

「こんな妙な男に負けたら、俺の軍略に傷が付きかねませんね…」


うっとりとする張コウを余所に、左近は己の自尊心に傷を付けられてはたまらないと、再び戦いを挑む。
咲良もまた、左近を追いてこのまま逃げることは出来ず、左近には止められてはいたが、笛を吹くことに決めた。
自身の命を削るような演奏は極力控えれば良い。
大勢の敵を眠らせるとか、士気を下げるとか、無茶な願いを込めるからいけなかったのだと、確かな理由も無いのに勝手に判断をする。


(もしかしたらもっと無謀なことかもしれないけど、私がやらなくちゃ、本陣まで危なくなってしまうかもしれない…)


孫策を信じて本陣に残った家康や稲姫の顔を思い出し、咲良はついに意を決した。
地上でぶつかり合う二人にはお構いなしに、咲良はそっと笛に口を付けた。
それに気付いた左近が視線だけで苦言を呈するが、流石に張コウの相手をしながら説教は出来ないようだ。
本当に、無茶をするつもりは無い。
無理だと思ったらすぐにやめるから、と咲良は心の中で左近に訴えかけた。

戦場には不似合いな、穏やかな旋律を奏でる。
咲良の悠久の音が、姉川の地に響き渡る。
旋律は風に乗り、ずっと遠くまで届けられる。
ごうごうと流れる川の音にも負けない、繊細でありながら強く美しい音色だ。

以前にも咲良は、夜の本能寺で風を操り、味方に付けた。
今、その時と同じことをしようとしているのだ。
人間を惑わせるよりも難しいことに思えるが、大自然はすんなりと咲良の音を受け入れる。
それが、"悠久"と名付けられた笛に秘められていた、本来の力なのかもしれない。


「なんと、神々しい…これこそ究極の美…?ああっ!貴女こそが、私の捜し求めていたうつくしき存在なのでしょうか!」


外見とは直接関係の無い、音楽の持つ美しさ、それは張コウの求める美とは少し違うような気もする。
しかし、他人を魅了すると言った点では似ているかもしれない。
今まで知る由も無かったであろう新たな美を開拓し、衝撃に戦意を失ったらしい張コウに、左近がとどめをさすことはなかった。

それよりも、左近が気にしたのは、今まで静かに流れていたはずの水音の変化だった。
風向きが変わった訳でもない、それは、自然の力でどうこう出来る現象ではない。


 

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