深い音の流れ



「左近さん、どうしたら…!」

「お嬢さんは俺の傍から離れちゃなりませんよ。下手に動かれたら敵の思うつぼだ」


左近は動揺する咲良の手を握って己の傍に引き寄せると、揺れる目を見てはっきりと告げた。
戦場で冷静さを失っては命取りとなる、だからこそ左近は何よりも先に落ち着かせようとしてくれたのだろうが、これほど危機迫った状況下ではあまり効果は無い。

ずっと先を行く孫策は、しんがりとなった左近を信じ、大喬が捕われている砦を目掛けて猛進している。
今から咲良が後を追い掛けて行っても、砦の付近はすぐに乱戦状態となるだろう。
砦が危険だからと言って、今更本陣へ引き返すことも出来ない。
左近の言葉通り、今は彼の傍に居ることが、皆に迷惑をかけない一番の方法かもしれない。



「華麗に彩りましょう!この色褪せた戦いを」


ひらひらと、まるで蝶のように優雅に舞う男がいた。
背後に迫っていた遠呂智軍の中には、いろいろな意味で質の悪い、張コウも混じっていたのだ。
ほっそりとした長身、艶やかな黒髪…女性とも見紛う容姿をしている。
一見すればそれほど強そうにも見えない張コウだが、その鋭い眼差しは敵の心をも貫く。


「男の人なのに…こんなに綺麗だなんて…」

「ちょっとお嬢さん、洗脳されないでくださいよ!」


いくら可愛らしくとも張コウは男だ、そして今は争うべき敵だ。
その魅力も相手を翻弄する武器である。
すんなりと張コウに魅了されてしまった咲良を、左近は叱咤する。
そんなやり取りをしっかり見ていたらしい張コウ本人が、ふふっと誇らしげに胸を張り、艶やかな髪を靡かせた。


「私の美しさに見とれてしまうのは当然のこと!どうやら、貴女は美の分かる人間のようですね。…しかし、残念ですが、私は貴女を倒さねばなりません!」


張コウの殺陣は、一流の舞や踊りを見ているかのようだ。
柔らかな光を伴って、一瞬だけの美しい芸術品を見せてくれる。

長い爪を武器とする張コウは、浅い川を素早く移動し、左近目掛けて容赦なく攻撃を仕掛けた。
かちゃん!と乾いた音を立て、左近は張コウの攻撃を受け止めるが、その細身からは想像出来ないほどの力が込められており、そう簡単には押し返すことが出来ない。
触れ合う刃からは今にも火花が飛び散りそうだ。


「お嬢さん、高く飛ぶんだ!あんたを巻き込む訳にはいかないんでね!」

「え、あ、はいっ!」


咲良は左近に言われるがまま水を蹴り、一気に天へと飛び立った。
同時に水飛沫が上がって、煌めく羽衣に反射し、小さな虹色の粒が降りかかった。


 

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