深い音の流れ
捕われた大喬を救うために姉川の地へ赴いた孫策軍は、一足先に到着し、布陣していた徳川家康の軍と合流した。
志を同じくする友との久方振りの再会に、孫策はぱっと気さくな笑みを向け、深々と頭を下げる家康の傍に駆け寄った。
稲姫もまた、敬愛する家康に対面することが出来て、嬉しそうに微笑んでいる。
「家康!よく来てくれたな!苦労をかけるが、どうか宜しく頼む」
「そのつもりで参ったのです。孫策殿のためならこの家康、一肌脱ぎますぞ」
どっしりとした存在感を示しながらも、物腰は柔らかく、浮かべられた笑みには愛嬌さえ感じる。
徳川家康、その人は、咲良が目にすることさえ躊躇われるほどの大人物である。
未来を知っている咲良にとっては、家康など住む世界の違う人間なのだ。
もし今、家康に話し掛けられでもしたら卒倒する…、そう予感した咲良は、出来るだけ後ろに下がって、軍議の様子を見守ることにした。
家康の忍び、服部半蔵が偵察に赴いた結果、処刑と言う名目で大喬の身を狙う敵は董卓、そして司馬懿が反乱軍討伐の軍の指揮をとっていることが分かった。
司馬懿はともかく、あの女好きで下品な董卓の手に、美人と評判の大喬が渡ったらどうなるか…、想像するのも恐ろしいことだ。
一刻も早く、大喬を救い出さなくてはならない。
「じゃあ、家康と半蔵、稲もだな。お前たちには本陣の守備を任せたい」
「孫策殿、姉川は川の流れで戦局が決まると言えるほど複雑な地形をしているのですぞ。しかも地の利は敵にあり。地理を知る我らを本陣に残してしまうのは…」
「ああ、周瑜もそんなことを言っていたぜ。だがこれは、俺の我が儘なんだ。大喬は俺の妻だ。だから、俺が助けに行ってやりたいんだ」
家康に自身の想いを告げる孫策は、怖いぐらいに真剣な目をしていた。
己の手で愛する人を取り戻したい。
相当の力を持つ者でなければ、発言することさえ躊躇いそうな言葉ではあるが、孫策ならば間違いないと、彼に着いてきた皆はそう信じている。
そして家康も、孫策にも負けじ劣らず澄んだ瞳で彼を見つめ返した。
「その御心は確かに。我ら一丸となって敵の攻撃を防ぎましょうぞ」
「有難うな、家康。周瑜、尚香と蘭丸は俺に着いてきてくれ。左近も同行してほしいが、問題は…」
孫策の困ったような視線が自分に向けられたことに気付いた咲良は、その場で固まってしまう。
足手まといだ、お前では戦力にならない…などと、孫策はそんな単純なことを気にしているのではない。
咲良が笛を吹けば、その身に重度の疲労を与えてしまう…孫策はそのことを知ってしまったからこそ、武器を持って戦えない咲良を連れ行くことを悩んでいるのだろう。
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