清き者の断罪



「お嬢さん…あんたを慕う人は数多い。だからこそ、身を犠牲にしてはいかんでしょう。あんたの無謀が、皆を裏切ることになる」

「そうだぜ。それに…俺にはよく分からねえが、音楽は楽しむもんだろ、周瑜」

「ふ…その通りだな。落涙殿、貴女が妲己に追われる身であれ、孫策が貴女を見殺しにすることは有り得ない。決して、黙って消えよう…などとは考えないでいただきたいものだ」


…どうして、と咲良は小さく呟いた。
あまりにか細い声だったため、それまでずっと背を撫でてくれていた尚香が、なに?と優しく尋ねた。


「どうしてですか…?みんな、私に優しすぎます…!そんな資格、私には無いのに…」

「資格なんて要るのか?お前、頑張りすぎなんだ。皆の笑顔のために笛を吹くなら、お前が笑わなきゃ意味ねぇだろうが」


孫策の力強い言葉が、頭の中にこだまする。
はっとさせられる一言だったのだ。
かつて、音楽を始めた理由、その頃の純粋な心を、咲良はすっかり忘れていた。
音を出せたら嬉しい、綺麗な曲を吹けたら、皆と合奏できたら、もっと楽しい。
聴いてくれた人に素敵だったよ、また聴かせてね…と言ってもらえるだけで、幸せだった頃のことを。

皆のためだからと良いことをした気になって、心配をかけていることに気付かず、自分が傷付いたって構わないと思っていた。
それで、相手が喜ぶはずがなかったのに。
奏者自身が楽しめもしない空っぽな音楽を、聴き手が楽しめるものか。


(左近さんは、ずっとそのことを教えようとしていたんだね…私は耳を傾けようともしなかったんだ…)


最期の瞬間まで、あんたが自分の行いに僅かでも幸福を見いだせなければ、結局は無駄死にだろうと。

皆のために命を捨てる、確かにそれは間違ってはいない。
自分こそが無双の世界に選ばれた奏者なのだから、逃げたら罰が当たるだろう。
皆の幸せが私の幸せ、その通りだ。
だけど…本当は自分が一番幸せになりたい。
死ぬのは、怖い。
知らないことは、恐ろしいから。
いずれ経験することになるとは言え、誰しも死は怖いものだ。
その先に待つものは無。
幸も不幸も分からない、無の世界。

世を狂わせた大罪人・遠呂智はずっと、悲しみの中で生きてきた。
たったひとりで、生き続ける。
それほど辛いことは他に無い。
だから、終わらせてほしいと望んでいた。
遠呂智の苦しみを、彼に苦しめられた人間には想像も出来ないだろう。
子守歌で、遠呂智に安らかな眠りを与えることが、本当に出来るだろうか。
彼の永劫の苦しみを取り除くことが。


(でもね、私は本当に多くの人に愛されているんだよ。皆はきっと、孫呉に落涙という楽師が居たことを忘れない。だから私は、この人たちのためなら喜んで死ねる)


たくさんの幸せを貰えたから、人生の終わりもきっと、幸せだろう。
だから、この幸せを、感謝の気持ちとして返したいのだ。
私は、最期の演奏に全てを賭けることが出来る。


(戦国と三國の共存世界の末永い繁栄を…そして、悠生の未来を守ってあげたい…)


……こんな考えは、間違っているだろうか?
答えを求めるようにちらりと左近を見てみたら、咲良と目を合わせた彼は打って変わって機嫌良く笑っていた。
なんとなくだが、もう笛を吹くなとは言われないだろうなと思いながら、咲良もまた笑った。



END

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