清き者の断罪
「すぐに追っ手がくるでしょうな。敵は孫策さんが姉川に来ることを間違い無く予想している…その中にお嬢さんが居ることも、当然」
「ご…ごめんなさい!私、こんなことになるなんて…、」
「あんたは自分が追われる身と分かった上で俺に着いてきたんじゃないんですか」
左近の冷静な指摘が、自然と言い訳をしようとしていた咲良には責めるような鋭いものに感じられた。
後先考えず、自分の意思で引き起こしたこととは言え、いざ現実となってしまえば、どう責任を取って良いのかも分からないなんて、無責任にも程があるだろう。
未だかつて、左近の視線をこれほどまで痛く感じたことはない。
全てが事実であれ、昨日まで親身になってくれた男に軽蔑されることは、とても苦しかった。
「ですが、私は…此処にいたいです…これからもっと、ご迷惑をおかけすると思います。それでも、私は皆さんのために笛を吹きます…ですからどうか、一緒にいさせてください!」
「誰が追い出すって言った?ああ、左近か」
「ちょっと孫策さん、睨まないでくださいよ」
心外ですな、と左近はおどけて答えるが、孫策も本気で言っている訳ではない。
二人の予想外に軽い反応に、意を決して胸の内を叫んだ咲良は肩透かしを喰らう。
だが、それまで黙って話を聞いていた尚香に、そっと抱き締められ、咲良はまたも己の涙に気付かされた。
相変わらずの泣き虫、と自分を卑下するも、柔らかな香りに包まれれば、もう涙は止まってくれなかった。
「尚香様…わ、私…わたしっ…ずっと怖くて…、ひとりに…なりたくないんです…!」
「良いのよ、落涙。あなたは此処に居なさい。だってあなたは孫呉の家族なんだから。胸を張って、左近なんか気にしないで鼻で笑えば良いのよ」
「はは、お厳しいことで」
尚香にすがりつく咲良には左近の顔が見えないが、きっと尚香に睨まれて苦笑していることだろう。
隠し事ばかり、秘密で固めた自分が、皆の仲間に入りたいなんておこがましい。
いつだってそうだ、世界にとけ込みたいとは思っても、やはり自分は生きる次元が違うのだと、簡単に諦めたりして。
悠生は蜀を新たな故郷として、前向きに生きようとしていたのに。
どうして同じように出来ないのだろう。
私は皆とは違う、異端だという考えを、いつまでも変えられないから?
こんな情けない姿を弟には見せられない。
いつしか、何処にも居場所が無くなって、ひとりきりで遠呂智軍に追われることになったら。
うっすらと想像してみたが、考えるだけで恐ろしい。
ひとりで生きるなんて、出来っこない。
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