清き者の断罪



関ヶ原の戦いで、孫策は弟・孫権の軍を見事に撤退させた。
そして孫尚香、稲姫の二人を味方に引き込むことにも成功し、次の戦に備える孫策軍の士気は自然と高まっていた。

だが、咲良はひとり、思い悩んでいた。
関ヶ原にて敵本陣に足を踏み入れなかった咲良自身は、直接的に目にすることは無かったのだが、孫権の傍らには…周泰が居たはずである。
実際に顔を合わせてはいなくても、咲良は胸につかえた複雑な想いを、取り除くことが出来ないでいた。


「落涙、これからは一緒にいられるのね。私、黄悠のためにもあなたを守るわ!」

「尚香…見違えるほど元気になって…、ええ、稲も落涙様をお守りいたします」

「お二人とも…、嬉しいです…ありがとうございます…」


孫尚香と稲姫、頼もしい二人に励まされて、喜びを感じつつも咲良はずっと緊張し続けていた。
関ヶ原では痛々しく涙を流していた尚香だが、孫策とすっかり仲直りをし、いつもの明るさを取り戻したようだ。
そんな尚香の姿に稲姫も満足そうである。
兄と敵対することに躊躇い、悩み苦しみ続けてきた尚香を傍で支えたのは稲姫なのだから、喜びも一際大きいのだろう。


「あの時の私は、本気で策兄さまを憎んでいたの。でも、今なら心から信じることが出来るわ。権兄さまもきっと、分かってくれる…だからね落涙も、信じてあげて、ね?」


誰を、とは言われなかったため、すぐに意味を理解することが出来なかった咲良は首を傾げたが、尚香は苦笑するだけでその次の言葉を口にしてはくれなかった。


「信じる…ね。お嬢さんは人を疑うことを知らないから、簡単に騙されて、良いように使われてしまいそうですね」

「ちょっと!あなた何が言いたいのよ!」


何処から話を聞いていたのか、左近は横から口を挟んだと思えば、いつもの調子で咲良を小馬鹿にするような台詞を吐いた。
しかし、ムッとした尚香は、ずいずいと歩み寄って左近に真意を問いただそうとする。


「尚香さん、あんたこそ回りくどい言葉だけで満足しちゃいかんでしょう。伝えたいことがあるなら、きちんと口にすべきじゃありませんかね」

「なによ…分かったような口を利いて…」


それ以上の反論をすることもなく、左近は皮肉っぽく笑い、尚香の視線から逃れるように立ち去ってしまう。
左近が笑みの裏に何か複雑なものを隠していることに、咲良はまだ気が付かない。


「なんなのよ!あの男、感じ悪いわね!」

「尚香の怒りもごもっともね。島左近は石田三成の家臣だもの…私も、上手く付き合えるかしら…」


左近は咲良について正直に自らの意見を述べたのだろうが、些か酷い言い様である。
尚香は気にしない方が良いと声をかけてくれたが、咲良はぎこちない笑みを浮かべるだけだった。


(きっと左近さんは私のこと、怒っているんだ。やめろって言われていたのに私、強引に笛を吹いちゃったから…、呆れられたんだね…)


遠くなる左近の背を見て、咲良は己の情けなさに胸を痛めるしかなかった。
あんなに心配してくれたのに、忠告を無視して身勝手に行動してしまったのだ、裏切られたと取られても仕方がない。
皆に迷惑をかけたくないとは思っても、思うだけで…自分が望むような生き方など出来ないようだ。


 

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