凍てつく枷



「俺は女は殴りませんが、あんたはそれぐらいしないと分からないようですな」

「さ、左近さん…ごめんなさい…でも、私…」

「だがこれで大喬さんと話が出来る。このままで構いませんね?」


まるで病人だ、だが仕方がない。
左近に抱きかかえられたまま、咲良は視線だけを大喬に移す。
彼女は周囲で眠りこける味方兵を呆然と見ていたが、術を仕掛けた相手が咲良であることに、それほど恐怖は覚えなかったようだ。


「落涙様…あなたも孫策さまの元に…?」

「はい…、でも、大喬様は孫策様のこと、信じていらっしゃるのでしょう?私も、孫策様の心に嘘偽りはないと信じています。だからどうか、大喬様も…」

「勿論、信じていますよ。孫策さまのお心はいつだってあたたかい…、ですが私には、反乱軍に従うことは出来ません!」


大喬は強く断言すると、鉄扇を咲良と左近に向けた。
…やはり、相容れないのか。
左近は身構えるが、大喬はいつまで経っても次の動作に移らず、攻撃を仕掛ける様子は無い。
見れば、細い肩が小刻みに震えている。
咲良は、大喬の瞳から次々と溢れる涙を見逃さなかった。


「大喬さん、あんたもしかして…誰か人質を取られているんじゃ…」


大喬の涙から推察し、左近が問う。
そこで咲良も、自分の思い違いに気が付いた。
きっと、あの愛らしい娘は母である大喬の傍に居ると、信じて疑わなかったのに。


「……ええ。落涙様、私は孫策さまの元には帰れません。娘を…小春を、捕らわれているんです」

「そんな…小春様が…」

「私が遠呂智軍を裏切れば、小春が罰を受けましょう。ですから私は…お慕いする孫策さまと戦わなければならないんです」


大喬は涙を拭いもせず、真っ直ぐ左近を見た。
開いた巨大な扇を突きつけ、唇を開く。
其処に、可憐な少女は居ない。
強く美しい、母の顔をする大喬が居た。


「私は小春のためなら、あなたとだって戦えます!ですが…本意ではありません。落涙様、どうか退いてください!あなたは遠呂智軍に狙われております。此処に居てはなりません!」

「ああ、今は逃げましょう。お嬢さん、良いですよね?」


有無を言わせぬ左近の問いに、咲良は小さく頷いた。
大喬の強さと優しさに胸を打たれ、咲良もまた涙しそうになるが、左近の胸に額を押しつけ、我慢する。
心がかき乱されたまま、言いたいことも言い尽くせないままに、大喬と別れることとなってしまった。



END

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