凍てつく枷



「尚香様……」

「ごめんなさい、落涙…不甲斐ない私を許して…!どうして良いか分からないの…稲…私はどうすれば…」

「敵と味方、今と昔…兄妹の絆はそれらに勝る」


そうですよね、と稲姫は真剣な瞳を向け、孫策に訴える。
未だ尚香を抱き続けていた孫策は、力強く頷いた。
涙に濡れた尚香の頬に手を添え、孫策は笑う。
見るもの全てに勇気を与える、小覇王に秘められたあたたかな力だ。


「尚香…俺を信じろ、親父も権も助けてやる。お前のことも、守ってやるぜ」

「策兄さま…、お願いよ、今度こそ信じさせて!もうこんな悲しいことは御免だわ!」


尚香は堰を切ったように大粒の涙を流した。
辛かったのだろう、苦しかっただろう。
彼女や孫権は孫呉の象徴であり、士気の要であったため、弱い姿を見せることなど許されなかった。
寂しさを押し殺し続けた尚香は自ら孫策に抱き付くと、彼の胸に顔を埋め、わんわんと泣いた。
孫策は愛おしそうに妹を見下ろし、柔らかな茶髪を撫でてやっている。
そこには確かに強い絆が存在すると、咲良の胸にも熱いものが込み上げてきた。


「孫策さん、俺達は南の脅威を取り除きに行きますよ。相手はあんたの奥方だが、手荒な真似はしませんので安心してください」

「何だよ、大喬も居るってのか!?そうか…左近、俺は権に会いに行く。大喬を頼んだ。傷付けてくれるなよ」


それは間違い無く、苦渋の決断だった。
本当なら、孫策はすぐさま大喬の元へ飛んでいきたいはず。
気の遠くなるような時が過ぎたとしても、夫婦の仲が変わることはなかった。
だが…、弟の相手をするのは自分の役目だと、孫策は悲痛な想いで愛する妻に背を向けたのだ。
だからこそ、孫策の孫呉のために戦う姿勢を、家族を想う心を、大喬達に伝えなくてはならない。


「さて…、どうするんですか。まさか本気で大喬さんを捕らえるつもりじゃありませんよね?」

「……、まずは、大喬様と話をしてみたいと思います」

「戦場で悠長に話なんて出来ますかね。ですが、やれるだけのことは、やってみましょ」


孫策軍の本隊は北東の敵本陣に進軍した。
遠呂智軍の戦力は現在二分されており、そのほとんどが本陣と周辺の守備を固めているため、南から進軍した大喬軍には、有力な武将は皆無のはずだ。
上手くやれば、大喬も尚香のように捕虜とし、味方に引き込めるかもしれない。


 

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