荒れ狂う魂




陸遜はその光景を目にし、立ち尽くした。
これほどに動揺したことも、焦りを感じ冷静さを失ったことも無い。
よく、見知った人だったから。
だが、ただの知り合いというだけならば、冷や汗など流れないだろう。


偶々通りかかった城の玄関口、大門付近に、女官や兵が野次馬のように集まっていて、やけに騒々しい。
原因は、日頃から問題を起こしている甘寧と凌統のようだ。
今日、二人は久しぶりの非番だったはずだが、また面倒事を起こしたのか、注意しなくてはと考えていた矢先のことだ。


「典医はまだなのかよ!誰でも良いから首根っこ掴んで引き摺ってきやがれ!」


甘寧の怒声に皆は狼狽える。
彼は粗野で荒くれ者ではあるが、陸遜から見ても、甘寧は人に好かれる男である。
理由も無く怒鳴り散らしたりするはずがないと思い、陸遜は人垣をかき分け、騒ぎの現況と思われる二人の元へと足を運ぶ。
そこで、目に飛び込んできたものは…、たったひとりの少女が血にまみれて横たわる姿だった。


「ら…くるい、殿…?落涙殿ですか?」


陸遜は呆然と、甘寧に抱かれて浅く呼吸をするだけの、今にも死にそうな少女を見下ろした。
彼女は、落涙……他愛もない約束を交わした、楽師の娘だ。
あの夜の彼女は弱々しく泣き、そして笑っていた。

ならば、今の落涙は何者なのだろうか。
青ざめた肌には熱が感じられず、衣服…、特に右肩は真っ赤に染まり、大量に出血したのだと一目で分かるほどだった。


「凌統の野郎が応急処置をしてやったんだが、全く血が止まらねえんだ。あいつ、典医を呼びに行ったきり帰ってこねえしよ!」

「どうして…彼女が…」

「それが…喧嘩に巻き込んじまってよ。崩れた積み荷の下敷きになったんだ。悪いことしちまったな…」


らしくなく、声が震えてしまった。
まずは城下で暴れた二人を咎めたかったが、落涙の容体が気になり、上手く言葉が出てこない。

甘寧は黙り込んでしまった陸遜の顔をのぞき込み、どうかしたか?などと真顔で尋ねてくる。
ちっとも焦りが感じられない呑気な態度に、陸遜はつい声を荒げてしまった。


 

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