凍てつく枷



「全く…孫策さんが其処に居たら大筒も意味がない。孫呉の兄弟は大筒の恐ろしさを知らないんでしょうね…」


圏を両手に、まるで踊るようにくるくると回り、孫策に斬りかかる尚香と、それを受け止める孫策の一騎打ちが行われていた。
どちらが優勢かなんて、考えるまでもない。
いくら尚香が日々、武芸を磨いていたとしても、彼女は女である。
これまで数々の戦を経験してきた孫策に、妹姫が勝てるはずがなかったのだ。


「尚香、これで仕舞いだぜぇ!」

「きゃあっ!」


孫策の渾身の一撃が、尚香の圏を遠くへと弾き飛ばした。
衝撃で大地に叩き付けられそうになった妹を、孫策は片手で抱き止める。
悔しげに、そして悲しげに、尚香の表情が歪んだ。


「負けたわ…でも、今の兄さまには従えない!」

「孫策さんを責めるのは間違ってますよ。責めを負うとしたら…この俺だ」


強く強く妹を抱き締める孫策を嫌悪するかのように、涙を滲ませて睨み付けていた尚香に対し、黙って二人を見守っていた左近は、苦しそうな声を絞り出した。
孫策が実妹にこれほどまでに恨まれ、悪人扱いされることが、耐えきれなくなったのではなかろうか。
左近が責任を感じる必要など無いと咲良は思ったが、傷付いた尚香は、そう簡単には納得出来ないだろう。


「落涙…あなたも策兄さまと一緒にいたの?信長はどうしたのよ!」

「尚香様…申し訳ありません。今の私は、孫策様を信じています。だって、私を信じてくれました!孫策様は尚香様のことを信じています。だから尚香様も…!」

「嫌よ!兄さまは父さまを見捨てたんだから!」

「戦の中で妹を思う兄は、父を見捨てません」


力強く断言する、稲姫の声が聞こえる。
それまで拠点に身を隠し、出方をうかがっていたであろう稲姫が、孫策の腕の中で喚く尚香にそっと語りかけた。
絶望の中で、稲姫の柔らかな笑みを目の当たりにした尚香は、ついにぽろぽろと涙を流す。


「ねえ尚香、そちらの御方は黄悠様の姉上なんでしょう?よく似ていらっしゃるもの。大事な友達だって言っていたじゃない。尚香は友の言葉を信じてあげられないの?」


白い頬に涙を伝わせ続ける尚香が、はっとして息を呑んだ。
咲良もまた、稲姫の発言に驚いて、思わず彼女を見つめてしまう。
此処で稲姫の口から、弟のもう一つの名が出るとは思わなかった。
しかも、尚香は悠生を稲姫に紹介する際に、姉である咲良のことを、はっきり友達と称してくれたようなのだ。
一緒に買い物をしたり、恋の相談をしたり…、現代的な感覚であれ、そういった友達らしいことは一つも出来なかった。
姫と楽師では、距離が遠すぎた。
それでも、尚香にとっては、咲良を友だと認識することは、至極当前のことだったのかもしれない。


 

[ 302/421 ]

[] []
[]
[栞を挟む]



×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -