凍てつく枷



咲良は周瑜の鮮やかな色が戦場に消えていくのを見つめて、姿を潜めている羽衣にそっと触れる。
もし大筒が直撃すれば、稀有な力を秘めた羽衣も耐えきれずに機能を失ってしまうかもしれない。
完璧なものなど何処にも存在しないのだから。
だが、身を隠して拠点を巡り、笛を吹いて敵を眠らせれば、いち早くこの攻撃を止められるのではないか。


「駄目ですよお嬢さん、余計なことを考えちゃ」

「え…どうして」

「あんた、顔に出てますよ。今すぐ拠点を飛び出して、笛を吹きたいってね」


三国時代の兵達に大筒の使い方を教えていた左近だが、器用なことにその間も、思い悩む咲良を観察していたようだ。
居心地の悪さを覚え、咲良は俯くしかない。
ただただ、情けなった。
孫尚香や稲姫が、今も命懸けで戦っているというのに。
自分とそれほど年齢も変わらない少女達が、戦にかり出され、血を浴び、傷付いているのだ。
それなのに自分はこうして、人の目や言葉ばかりを気にして、震えている。


「あんたの本当の望みは、何なんですか」

「それは…、」

「孫策さんは確かに良い男だが、あんたが命を削ってまで救う理由なんて無いでしょう。何故、そこまで思い詰めるんです」


それは…、と咲良は小さく口にするが、その後の言葉が続かない。
以前にも、大坂湾でも似たようなことを聞かれ、咲良は大好きな人たちのため、と答えた。
しかし左近には偽善であると指摘され、自分の戦う理由が分からなくなった。


(私は皆が好きだよ?本当に、守りたいと思っているよ)


私の望みは、皆が幸せに笑ってくれること…それでは、理由にならないと言うのだから。
咲良は答えを見付けることが出来ず、だいぶ長い時間、つま先から目線を外せないでいた。

ずどん…と遠くで何度も鈍い音が響いている。
心臓を鷲掴みされたような感覚に陥る。
今放たれたものがどちらの砲撃か分からないほどに、関ヶ原の中心部は激戦となっているようだ。
だが間もなく、孫策軍が全ての砲撃拠点を奪取したとの報が入る。
更には、稲姫は既に二度孫策に打ち負かされ、彼女の戦意は失われたらしいのだ。
孫策の曇り無き心が、武を通して稲姫に深く伝わったのだろうか。
直に尚香とも対峙し、彼女もまた、孫策の元へ身を寄せることになるはずだ。

ほっとした咲良は胸の前で手を握るが、もうひとつ大事なことを思い出し、目を見開かせた。
尚香と同時刻に南に現れるであろう、大喬の軍勢のことだ。
彼女は孫策の妻であるし、孫呉の者に大喬を傷付けることは出来ない。
脅威ではないと見逃されるかもしれないが、その中にはきっと、小春が一緒に居るはずなのだ。


 

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