軌道を歩んで



それから先はほとんど敵にも出会わず、一気に内堀を渡ることが出来たため、後は外堀を抜ければ大坂城を脱せるというところにまで至った。
此処まで来てしまえば、敵の追跡があったとしても、振り切れる。
誰もが、脱出成功を信じたことだろう。

だが咲良は、物語の展開を知っていた。
孫呉の未来のためにと、孫堅は自らが殿軍(しんがり)となり、再び遠呂智軍に捕らわれてしまうのだ。
回避することが出来ない、重要な場面だった。
そうでなければ、次に用意された物語がこぞって消えてしまう。
咲良にとっては、未来が大きく変わることの方が怖かった。


「ちっ、此処で追っ手かよ!相手してやるぜ!」

「駄目だ孫策、今は逃げることが最優先事項だ。君や殿に何かあっては、孫呉の希望が失われかねない」


気付けば背後には、既に数え切れないほどの遠呂智軍が迫っていた。
数人の兵を囮とすれば逃げ切れたはずだ、だが、孫堅や孫策はそれを良しとしなかった。
孫呉は、孫家を慕う人々と共に一丸となって作り上げた国である。
だからこそ、大事な兵を捨て駒のようには扱えないのだ。


「此処は蘭にお任せを。皆様はお逃げください」

「それは私の役目だ」

「孫堅様!何を仰るのです!」


蘭丸は悲鳴のように孫堅の名を呼ぶ。
一国の主であった男が、自ら危険に飛び込もうとするなんてあってはならない。
…だが、孫堅は一度死んだ身である。
息子やその仲間達に孫呉を託した、だから、このような無茶が出来てしまうのだ。


「親父…、すまねえ。必ず助けに行く!待っていてくれ!」

「ああ!虎は簡単にやられはせん。策、仲間を守れ。そして誇り高くあれ!自分らしさを忘れるな!」


強い言葉は、子を思う親の気持ち。
いつの時代も変わらないものだ。
人として大事なことを、生前に伝えきれなかった父の教えを存分に叫んだ孫堅は、最後に清々しい笑みを見せてくれた。
虎の息子は、虎にならなければならない。
難しいことかもしれない、しかし孫策は、虎になる方法を知っている。
それは、孫堅の言葉そのものだろう。

孫策は果敢にも敵に向かい行く孫堅の広い背を見つめ、思い立ったように出口に向けて走り出した。
その瞳に浮かんだ悲しげな色を、咲良は見逃さない。


(孫策様がどんな思いで孫堅様を置いていくか…、辛いよね…そんなの、本物の勇気が無くちゃ出来ないよ…)


孫策は、孫堅の力を信じているから。
こうして距離は広がれども、信じ合う親子の絆は何よりも強いのだ。
必ず、助けに行く。
咲良もまた、左近や蘭丸に促されるまで、孫堅の勇姿を目に焼き付けていた。
輝かしい光たちの帰る先を、忘れないためにと。



END

[ 297/421 ]

[] []
[]
[栞を挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -