軌道を歩んで



「お嬢さん、あんたって人は…!無茶をするなと言われたばかりじゃないですか」

「す、すみません…ちょっとくらっとしちゃいました…でも、大丈夫ですよ…!」

「あんたの"大丈夫"は信用しませんよ」


慌てて駆け寄ってきた左近に、心配をかけまいと咲良はなんとか微笑んでみせる。
だが左近の表情は険しく、忠告を無視した咲良に憤りを感じているようだ。
これでは、左近の前では自由に笛を吹かせてはくれなくなるだろう。
伏犠の言葉通り、桃の効果はとっくに失われているため、能力を使った代償は咲良の体に返ってくるようだ。
平気なふりをしてはいるが、恐ろしいことであった。
この先、自分がどうなるかも分からないのだから。


「なあ周瑜、こんな咲良の姿を見ても、まだ信じられないか?俺達のために道を切り開いてくれたんだぜ?」

「…ああ、君の言う通りだな。私もいい加減、意地を張ってはいられないな。落涙殿、立てるかな?」

「は、はい、すみません…」


孫策の言葉を受けた周瑜が、今度は柔和な笑みを携え、座り込んだままの咲良に向けてさっと手を差し出した。
剣をふるう者とは思えぬ美しい手のひらは、触れることを躊躇うが、彼の方から咲良の手を握り、優しく引き寄せる。


「落涙殿については分からないことだらけだな。だが今だけは、貴女を信じることにしよう」

「今だけ、ですか…?」

「遠呂智が倒れれば、全てが明らかになろう。落涙殿が再び孫呉に暮らせるか否かは、貴女次第だ」


楽師である落涙を最初に、建業城に招いたのはこの周瑜だ。
彼は此処に居る誰よりも、落涙について知っている。
咲良がこうして苦痛を感じているのは、無闇に力を使ったせいであると…、聡い周瑜が気付かないはずがなかった。

周瑜のこの瞳を見れば、彼が咲良を疑っていないことなど明らかだろう。
だが、彼は立場上、疑わしき者を簡単に認めることは許されないのだ。
だが、咲良はそれでも良かった。
こうして微笑んでくれるだけで、とても嬉しかったから。


「私を、孫策様のお傍に置いてください。必ず役目を果たしてみせます」

「当たり前だろ!小春の師匠を誰が追い出すかよ!親父も、咲良は必要な存在だと思うだろ?」

「うむ。奇跡の力、しかと拝見した。この美しき旋律を奏でる楽師を遠呂智などに渡すわけにはいかぬな」


孫堅の言葉に、まずは蘭丸が深く頷く。
周瑜も左近も目配せし、次に孫策を見た。
小覇王の意見だが、彼の気持ちは、最初から変わっていないようだ。


「よっしゃあ!さあ、皆で脱出しようぜぇ!」


静寂を打ち消す孫策の明るい声は、それだけでも皆を鼓舞することが出来る。
どんな音曲よりも胸に響く…本当に、不思議な人だ。

失われたと思っていた居場所を取り戻してくれたのは、孫策だった。
彼に着いていけば、間違い無い。
明るく大地を照らす太陽のような孫策が、咲良の歩む道を示したのだから。


(久遠劫の旋律が孫策様のものだった理由…なんとなくだけど、分かったような気がする)


子守歌のキーワードとして小春が口にした、ひかるもの、という言葉。
それは孫策のような、自分にとって最も輝かしい、太陽のような人を現しているのではないか。
咲良の道を照らすのは、孫策に違いないのだろう。


 

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