軌道を歩んで



「咲良様はこちらへ!蘭のお傍に!」

「あ…っ、」


蘭丸に名を呼ばれたことで、凍えそうなほどに震えていた咲良は我に返ることが出来た。
彼のその太刀筋は芸術品のように美しかった。

きっと、蘭丸は命懸けで守ってくれるだろう。
しかし、このまま黙っていてはいけない。
本来なら、蘭丸の刀は孫策のために使われたはずなのだ。
弱い娘を守らなければと、目の前の敵に集中出来ないことが、どれだけ蘭丸の負担になるか。
関平は咲良を守ることを糧としたが、負担が重荷となってしまっては、苦痛しか味わえない。

そうしている間も敵は増援を呼び、さらには天守閣の中からも敵が束になって押し寄せてくる。
これでは、孫策軍は挟み撃ちされるだけだ。


(敵を蹴散らすなんてこと、私には出来ないから…、だったら、笛を吹かなくちゃ。私だって、皆を守りたい…)


強くなろうとする心こそが大切なのだと言い聞かせ、笛を手にした咲良は一度目を閉じた。
間近で人の命が消えていくのを感じながら、冷静にものを考えらなれるはずがないし、集中など出来ない。
それでも、漸く咲良の心は鎮まった。
きっと、奏者の自分にしか出来ないことがある。


(どうか…安らかに…お眠りくださいね…?)


旋律を耳にした仲間達が動きを止め、次々に振り返った。
彼らの視線の先には、闇夜に向けて笛を奏でる咲良が居る。
強い祈りが込められた旋律が、黒い色をした空に溶けていく。

安らかな眠りを誘うその旋律は、孫策軍を急襲した遠呂智軍勢の脳に直接作用し、睡魔により力を失った兵士達はばたばたと倒れた。
本丸内に残ったものは一瞬の静寂だけ。
咲良が奏でた旋律により、孫策軍は危機を脱することが出来たのだった。


「なんだか…夢を見ているみたいだったぜ…。咲良、お前って物凄いんだな!笛で敵を倒すなんてな、驚くってもんじゃないぞ!」

「え、あ、そんな…でも、お役に立てたなら…」


誰よりも先に、いや、純粋に咲良を褒めたのは孫策だけだった。
窮地を脱することが出来ても、こうして人間離れした力を見せつける形となってしまったのだ。

妲己が危険視し、追い求めていた落涙の音色は、数百を越える人間を一度に眠らせることが出来ると証明された。
使い方を誤れば、恐ろしい能力と見なされるだろう。
特に、落涙に新たな疑念を抱いてしまった周瑜は、今も難しそうな顔で咲良を見ている。

皆の視線を痛いほど感じ、弁明の言葉も思い付かなかった咲良だが、突然視界がぐにゃりと歪み、そのまま地に膝を突いてしまった。
左近があっと声を出したのが分かる。
咲良は胸を押さえ、ううっと唸った。
心臓がどくどくと鼓動し、息が詰まりそうだ。


 

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