軌道を歩んで



「其処の娘も、共に戦ってくれる仲間か?」


孫堅の瞳に自分が映り、咲良はどきりとして、返事をしようとしたのに緊張して声が出ず…唇を結んだ。
相手は孫堅なのだ、彼は世に名高い英雄の一人であり、生きる世界が違いすぎる。
素直に頷くことは出来ないだろう、咲良は武器を持って戦うことが出来ないのだから。

では何故、孫策軍に同行している?
名だたる武将の元を渡り歩き、最終的には遠呂智へ辿り着き、己の役目を果たしたいから。
皆に迷惑をかけたくないとは思うのだが、結局は他人任せである。
自問自答して導き出した答えでは、初対面の孫堅に呆れられてしまいそうだ。
器を見極めるため、という蘭丸のような、そんな格好いい理由ではないのだ。


「親父、こいつは俺の可愛い娘の笛の師匠なんだぜ!名は咲良ってんだ」

「咲良か…、ふむ、実に良い名だ。女性(にょしょう)の身で辛いこともあろうが、力を貸してほしい」

「と、とんでもありません!ご迷惑ばかりおかけしますが、私…精一杯頑張りますので…」


恥ずかしい訳では無いのに、孫堅に優しげな声をかけられ緊張してしまった咲良は、俯き加減ではあるが、必死に想いを伝えようとした。
ただの楽師でしかない小娘が、戦力になるとは到底思えないだろう。
それでも孫堅は、咲良を仲間として認めてくれた。
出会ったばかりで、もう咲良の全てを見透かしている。


「皆さん、積もる話は後にして、早速脱出しましょうか。此処に長居はしていられませんね」


水を差すつもりは無くとも、左近は急かすように口を挟んだが、この状況では正論だろう。
悠長に話している暇など無かったのだ、この天守は、敵地のど真ん中にあるのだから。
既に裏門は塞がれており、天守の外は騒々しく、孫堅を逃がしはしまいといきり立つ遠呂智軍に囲まれていることを物語っている。

急ぎ天守の表門から外へ出てみれば、案の定、本丸内は敵兵で溢れ返っていた。
其処は思わず身震いするほどの殺気に満ち溢れ、血生臭さを感じる生暖かい風と混じり合う。
未だ戦場に慣れぬ咲良は、人間の死を目の当たりにして自然に吐き気を催すが、どうにか意識を保ち、ぐっと堪えた。


(此処で皆の足を引っ張る訳にはいかない…!)


現実から目を逸らしたくなっても、逃げてはならないと言い聞かせ、咲良は必死に前を向いた。
足ががくがくと震え、喉がからからに渇いていく。
怖い、あんなところへ行きたくないと心が悲鳴をあげていた。
死地とは、このような風景を言うのだろう。
此処を突破しなければ、孫呉はこれより先に進めない。
孫堅も刀を持ち、脱出路を切り開くためにと率先して敵中へ飛び込んでいく。


 

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