荒れ狂う魂
(あれ?なんだろう、騒がしいけど…)
建業の町は商いをする人々でいつも賑わっているが、それとはまた違うざわめきである。
言い争うような…罵声を浴びせる叫びが聞こえるのだ。
明らかに不穏な空気を感じるのだが、気になってしまった咲良は、人だかりが出来る方向に足を進めた。
「ったく!いちいちうるせえ奴だな!俺の前を歩くんじゃねぇ!」
「はっ、あんたにだけは言われたくないっつうの!そっちこそ、さっさと俺の前から消えてくれないかな?」
大勢の人垣で姿は見えなかったが、どうやら甘寧と凌統が口喧嘩をしているようだ。
咲良は声を聞いただけで、ゲームで見慣れた二人が本気で殺気を飛ばし合う様を思い浮かべてしまい、顔をしかめる。
彼らの仲は、未だに険悪なままらしい。
甘寧が呉に降る前、彼は戦で凌統の父親を討ち取っていたため、仲間となった後も、凌統から非常に恨まれていた。
いつかは必ず互いを認め合い、和解してくれるはずだが…、この世界では、そう上手く事は進んでくれないだろう。
「あんただけはっ…許さないっ!」
咲良があれこれ考えている間に、ただの口喧嘩は手のつけられないような殴り合いに発展していた。
観衆は巻き沿いになるのは御免とでも言うように、一斉に散っていく。
驚いた咲良は、慌てて道の隅に走った。
人々が将棋倒しになったら、それこそ危険だろう。
人の壁が無くなり、漸く二人の姿を見た。
甘寧と、凌統。
ゲームのままの顔立ちで、背丈も、声も、咲良が記憶するものと何一つ変わらない。
二人が殴り合う度、蹴り合う度に砂埃が舞う。
武芸に富んだ彼らは、互いに容赦なく攻撃を仕掛け、また一方で攻撃を避けているが、一歩間違えば致命傷を負ってしまうだろう。
心配でたまらなくなり、早く終息するよう祈るような気持ちで見守っていた咲良だが、次第に不安ばかりが湧き上がって、もう耐えきれないとばかりに踵を返そうとした。
しかしその瞬間、甘寧が凌統の技をまともに受け、吹き飛ばされる。
信じられないぐらい遠くまで投げ出された甘寧が、咲良の目の前で、高く積んであった木箱に激突した。
ぐらっと不安定に揺れた木箱が、影を作り咲良を覆い隠す。
強い衝撃を加えられ、バランスを崩した木箱が、あろうことか咲良の真上に降ってきてしまった。
ぎょっとして後ずさるが、人より反射神経の鈍い咲良は、逃げ出そうと考えることも出来なかった。
(や、やだっ…、避けられない…!)
どうしようもなく、とっさに背を向け(間に合わず横向になってしまったが)フルートのケースを守ろうとしっかり抱き締めた。
間を置かず、右肩にいまだかつて経験したことも無い激痛が走る。
粉々になった木片は鋭い切っ先の凶器となり、咲良は生まれて初めて肉が引き裂かれる音を聞いた。
地面に叩きつけられてしまい、強く頭を打ったためか、酷く吐き気がする。
ずっしりと重みのある木箱が次々と降ってくるかと思ったが、回避出来たようだ。
誰かが助けてくれたようだが、意識が朦朧とする咲良には、礼を言うことさえ出来なかった。
「おいこら!しっかりしねえか!!」
…うるさい。
耳鳴りがするんだから、叫ばないでほしい。
(フルート…呂布…も…守れ…た、かな…)
武芸の才能はゼロ、音楽一筋で生きてきた少女には、受け入れることなど到底不可能な苦しみだった。
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