軌道を歩んで



「何も言えなかったんです…好きとも、嫌いとも。ちゃんと伝えておけば良かったなって…もう、遅いんですけどね…」

「はっ、あんたも女らしい悩みがあったんですね。だが…お嬢さんは悪くないでしょ?いつだって悪いのは男なんですよ…誰もが戦で生き残れる訳じゃない。戦より女を大事に出来る男なんて居やしない」


咲良はぶんぶんと首を横に振った。
男ばかりを責められるはずがない。
この乱れた時代が、新たな悲しみを生むのだ。
だからこそ早く乱世を終わらせようと、武器を手にした男達は見事に散っていく。
愛する人が生きる、平和な世を夢見ながら…。



─────



左近と咲良が孫策軍と合流したのは、それから数日後のことだった。
思ったよりも遅い到着に、左近は冗談めかして苦言を示したが、夏口、そして虎牢関で遠呂智軍の奇襲を受けていたというのだ。
やはりお嬢さんを連れてきて良かった、と戦う力の無い咲良の身を案じた左近は本気で安堵するのだった。

待ち合わせ場所としていた大坂湾にて顔を合わせた両軍は、左近の案内により大坂城を目指すことになった。


「孫策さん、なんか顔色がよくなったね。遠呂智とおさらばできたからかい?」


左近の言葉通り、孫策は今まで以上に生き生きして見える。
もとより、狭い世界にとどまるには勿体無い男だ、誰かの下で言いなりになる日々がどれほど苦痛だったことか…
孫堅を救い出せば、孫呉を立て直す大きな希望が見いだせる。
打倒遠呂智への一歩が踏み出せるのだ。


孫堅が捕らわれている天守に辿り着くためには、巨大な外堀と内側を抜けなければならない。
孫堅を幽閉するためだけの城とはいえ、人質として価値のある男の脱走を許すまいと、用意された見張りの数は多いはずだろう。


「ここは俺に任せておいてくださいよ」


妲己や三国の人間が知るはずもない、三成と共に城へ訪れたことのある左近だから知っていた、大坂城の仕組み。
その進入路は限られた人間にしか知らされていなかったのであろう、幸い破壊されることもなく残っていた。


「近くで見るとますますでかい城だな!そうか、この中に親父が…!」

「孫策、自由を手に入れ今までの鬱憤をはらしたいという君の気持ちは分かるが、少し落ち着きたまえ」

「そうですよ孫策さん、正面突破なんて考えないことです。裏からこっそりと…ね」


周瑜や左近は苦笑しながらも、今にも突出しそうな孫策を制し、落ち着かせる。
だが、興奮して先走りたい彼の気持ちも分からなくはないのだ。
大坂の陣にて徳川がこの巨大な堀を埋めたことを想像すると、また違った意味で感動を覚えてしまう。
素晴らしいことも残酷なことも、全てが人間の手で出来てしまうのだ。


 

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