うたびとの呪い



左近には到底理解出来ない話であろう、この世界では死ぬけれど故郷へ連れていってやるなどと、おかしいではないか。
伏犠は身を屈め、真剣な瞳で咲良に語り掛ける。
瞬きもせずに向けられた宝石のような二つの瞳に心まで絡めとられるようで、咲良は何も言えなくなった。
伏犠とて、人を信じられないとは言えども、咲良を想いこれほどに苦しげな顔をしているのだ。

死ぬことはないけれど、この世界とはお別れ。
日本に帰ることが出来る、両親に再会して、平和な暮らしが望める。
だが、生き別れてしまったまま再会が叶っていない悠生や、無双の世界で得た友と、別れなければならない。
正直に、嫌だと思った。
咲良にとっての故郷は日本だ、だが、咲良の頭に浮かぶのは、帰りたくないんだという強い気持ち。


(私は親不孝者だね…、まだ何も親孝行をしていないのにね。未熟なくせに、一人立ちした気でいたんだ)


初めて咲良は、己の本心を知った。
いつの頃からか、無双をゲームだと割り切れなくなっていた。
多くの友を得て、愛される喜びを知り、数え切れないほどの掛け替えのないものを貰った。
私は孫呉の皆と、生きていきたい。
喜びも悲しみも共有して、幸せになりたい。
この世界から消えるぐらいなら、いっそ…
だが、それは決して許されないのだろう。
もう後戻りは出来ない、やるしかないのだ…、自分のために、愛する人々のために。


「心配してくださってありがとうございます。ですが、大丈夫ですよ。私、音楽が大好きなんです。伏犠さん、私が演奏を終えた後のことは、どうか宜しくお願いしますね」

「強いのう、咲良は。いや、おぬしの強さは悲しみと苦しみで出来とる。そうさせるのはわしじゃ、わしを恨んでくれても構わん」

「……、」


咲良は首を横に振り、笑顔を見せた。
恨めるものか、貴方のことだって大好きなのだから。
伏犠は意外そうな顔をしたが、彼もまたふっと微笑み、柔らかな光を残して消えた。
其処に残ったのは手のひらに触れて弾けた小さな光の粒子と、複雑そうな表情をする左近だけだった。


「お嬢さん、あんた、本当にそれで」

「左近さん。このことは内緒にしてくださいね?二人だけの秘密です。お願いします」

「……、ええ、秘密にいたしましょう?これは、あんたの物語だ。左近はお付き合いしますよ。お嬢さんの行く道を、見届けたくなりましたよ」


変化が生じたストーリーが、きちんとした結末を迎えられるよう、何としても、導かねばならないのだ。
この世界に投げ出されたその時は、どんな場所でも、大好きな悠生と暮らせればそれば良かった。
だが、まだまだお子様だと思っていた悠生が、自分の力で生涯の友と居場所を得ている。
弟の方が、ずっとずっと大人ではないか。

元の世界に帰ったって、きっと悠生は居ない。
それならば、私も、此処で皆とずっと生きていたい…なんて、誰にも、言えない。
いつか必ず、最後の日が訪れると言うのなら、それまで、この世界を精一杯生き抜けば良い。
沢山の思い出を胸に、悔やむことが無いように。

その日、咲良は久しく眠りについた。
寂しさから逃れるように、深く眠った。



END

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