うたびとの呪い



「わしも女禍も、予想しておらんかった。桃の効力がこれほど早く消えるなど、普通は有り得ん。おぬしの笛は、相当体力を消費する技だったようじゃな」

「ちょっと良いですかい?間に入ってすみませんが、伏犠さん、あんたは仙人なんですね?そして、そんな仙人と知り合いのお嬢さんは笛を奏でたために体調を崩した…つまり、お嬢さんが遠呂智に子守歌を聴かせた時、想像も出来ないほどの苦痛に襲われる…そうなんでしょ?」

「うっ、す、鋭いのう。人の子にしては目の付けどころが良いぞ」


真意を探るような左近の発言に、伏犠はあからさまな動揺を見せた。
石田三成に過ぎたるものと言われた名軍師である、仙人にも左近の人並み以上の聡明さまでは予測出来なかったのだろう。

咲良はぎゅっと笛を握りしめた。
手のひらにはじんわり汗をかいていて…、咲良の胸はどくどくと鼓動し、頭の中でうるさいほど響いて聴こえた。
左近の指摘が事実だと、伏犠の焦りが伝えてくれる。
もう何年も続けてきた音楽が、自分の体に悪影響を齎しているというのだから。

これまで人間や、遠呂智兵相手に笛を聴かせ続けた結果がこれである、遠呂智を眠らせる子守歌など、桁違いの衝撃を生むはずであろう。
苦痛を感じるだけで済めば良いが、もし、死に至るようなことがあったら?
命が尽きるかもしれないと言われておきながら、それでも自分は、逃げ出さずに子守歌を奏でることが出来るだろうか。

咲良は左近の言葉を素直に解釈し、この先にある現実を思い、更なる不安に襲われた。
今まで、考えもしなかったのだ。
いつの日か役目を果たしたら、この世界から出ていかねばならなくなるのではとは思っても、笛を奏でることで死ぬかもしれない…なんて、これっぽっちも想像するはずがなかった。


「伏犠さん、あんたは隠していたんですか?何が何でも、お嬢さんに笛を吹かせるために」

「それは違うぞ、咲良。わし達も旋律を使った術の代償がこれほどのものとは思わんかった。女禍がおぬしのために孫呉に居場所を作ろうとしていたじゃろう。本当に、こんなことは予測しなかったのじゃ…」


そう、そのような最期を迎えることになると知っていたのならば、わざわざ咲良の帰る場所を用意する必要など無いのだ。
遠呂智を復活させる恐ろしい楽師として、太公望にフルートを壊されたこともあったが、それでも初めは純粋に、保護されていたのだろう。
常に傍らで励ましてくれていた女禍は、異世界に放り出された咲良の将来を考えた上で、楽師として名を広めさせ、周泰との婚姻を勧めたのだ。
だが、それも全て意味が無くなってしまうかもしれない。
答えを求めるように伏犠を見たが、彼は困ったような笑みを浮かべ、すまん…と口にするだけだ。


「わしは、まだ、人の子の力を信じることは出来ん。じゃが、大切な者を失う悲しみが、辛いものであろうと想像することは出来る。おぬしなら分かるじゃろう?遠呂智が倒されれば、蘇った小覇王が死ぬ…故に、遠呂智は生かさなければならぬ」

「ほほう、仙人様が人間の心配をするとはね。お嬢さんの笛は、遠呂智を死なせずに封じられる…お嬢さんがやらなければ、孫策さんが死んでしまう…ですが、その代わりにお嬢さんが死んでしまうなら、やらせる訳にはいかんでしょう」

「いや、正確には死ぬと決まった訳ではないぞ。仮に、この世界での生は終わるとしよう、じゃが咲良、わしがどうにかして、おぬしの命が絶える前に故郷へと送り返してやる。約束じゃ」


 

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