うたびとの呪い



(もしかして…女禍さんに貰った桃の効力が、きれちゃったのかな…)


正確な日数は覚えていないが、女禍と別れてからひと月は過ぎたはずだ。
仙界の桃の力が消えつつあり、だが完全に無くなった訳でもないのですぐには眠れない、辛く苦しい状況なのではないか。
だから、今まで眠らなかった分の睡魔が一気に押し寄せ、気分が悪くなってしまっただけだ、と咲良は可能性を思い浮かべる。


「何故、無理をしてまで戦場に出ようとするんです?あんたにどんな得があるのか、俺には分かりませんね」

「得だとか…、利益だとか、そういうのを気にしている訳じゃないんです。私が…やらなきゃいけないと思うから…」

「遠呂智に子守歌を唄うって?お嬢さんがそんな無謀なことをしなくとも、信長さん達に任せておく方がずっと賢いんじゃないですかね」


それは、その通りだ。
あらかじめ用意されたストーリーだって、無双の英雄達の絆の力により、遠呂智は二度も倒れた。
そこに後から付け加えられた咲良が、余計なことをする必要は無いはずだ。

本当は逃げ出したいし、戦いたくない。
だが、ひとつ…確信の無い不安があった。
度々思うことはあったが、誰にも、女禍にも尋ねられなかった。
怖かったのだ、その答えを聞くのが。


(私や悠生の存在せいで、物語の展開は変わってしまったんだから…もしも私が笛を吹かずに、遠呂智を倒した時…孫策様や、関平さんが、どうにかなってしまうんじゃないかって思うと…)


咲良の中に渦巻いていた大きな不安とは、遠呂智の光臨によって、現世に蘇った…ということになっている者達についてだ。
彼らの命が、完全なものであるとも限らない。
定められた物語通り、現況である遠呂智が倒され、そうして世に静寂が戻ったら…、黄泉から舞い戻った皆はどうなってしまうのだろう。
泡のように、人知れず消えてしまうのではないか。


「私は…大好きな人たちの悲しむ顔を、見たくないんです」

「それであんたが苦しい顔をしていたら、意味が無いでしょう。それとも、自分はどうなっても良いと思ってます?そんなのは偽善だ、格好悪いですよ」

「……、」


ずきん、と胸が痛む。
これぐらい、傷付く必要は無いだろう、分かりきっていったことだ。
孫策が消えたら、親友の周瑜、大喬や小春…多くの者達が悲しむだろう。
関平だってそうだ、彼もまた、多くの人々に愛され慕われる男なのだ。
咲良はただ、悲しむ顔を、見たくないだけ。
皆の苦しむ姿を想像するだけでこんなにも辛いのだ、悠生だって…同じように悲しむだろう。
別に、格好悪くたって構わないではないか。
これは自分勝手な、我が儘なのだから。


 

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