うたびとの呪い



遠呂智軍の追っ手の目を気にしながら夜の道を駆け続け、咲良と左近は一足先に大坂湾へ辿り着いた。
波打ち際には漁師小屋が転々と存在し、少し奥へと行けば大きな港町があった。
しかし、混乱により住人は遠くへ逃げ出したのか、日々賑わっていたはずの町はひっそりと静まり返っている。
目的の大坂城はもう、すぐ近くだ。


「孫策さんは夏口を通って海に出たというんで、明日、明後日には合流出来るでしょう。それまで、この辺りの小屋でも借りて体を休めましょうかね」

「そうですね…、う、わわっ!」

「おっと、気を付けてくださいよ」


左近と相乗りしていた馬を降りようとた咲良は、上手く着地出来ずによろめいてしまう。
倒れる前に左近が支えてくれたのだが、礼を言う余裕も無ければ、咲良には踏ん張る力も残っていなかったようで、暫くもたれ掛かったままになってしまった。
早く離れなければ失礼だと思うも、咲良の顔は徐々に苦痛に歪んでいく。
うっすらと脂汗をかき始めていた。


(私って、駄目だなぁ…、こんなんじゃまた迷惑をかけちゃうじゃない…)


頭の奥に、微かな鈍い痛みを感じる。
眠らなくて良い、そんな便利な体を手に入れてからは、疲れを感じることもなかったのに。
戦続きで慣れない生活を続けたせいもあり、肉体的にも精神的にも、自分が思う以上に疲れていたのかもしれない。


「どうしました?顔色が悪いようだが…歩けますかい?」

「大丈夫、です…でも、あの、今夜は一緒にいてくださいませんか…?左近さんが眠くなるまでで良いので…」


出来ることなら、一人になりたくない。
我が儘とは分かっていたが、孤独な時間を、作りたくなかったのだ。
具合が悪いせいで、不安が増しているのかもしれないが、そんなのは言い訳にしかならないだろう。

気持ち悪い、と自覚すれば、咲良の体調は見る見るうちに崩れていく。
ほとんど食事もとっていないと言うのに、少し気を抜くと胃液がせり上がってくる。
声を絞り出して何とか言葉にはしたが、左近は一瞬きょとんとし、はあっと長い息を吐いた。


「別に、俺は構いませんよ?ま、何をするか分かりませんがね」

「わ…左近さんって趣味悪いんですね…」

「あんた、自分で言って悲しくないんですか」


左近の質の悪い冗談に付き合ってもいられないぐらいに気分が悪く、一刻も早く横になりたかった。
時間制で見張り役を交代させることを決めた左近は、使いものにならない咲良を引っ張って適当な家屋に入った。
明かりが無い、真っ暗な畳部屋に足を踏み入れた途端、咲良は膝を突いてうずくまる。
移動中に具合が悪くならなくて本当に良かったと思う(今以上に迷惑をかけてしまったことだろう)。

額を冷たい畳に押し付けると気持ちいい。
それにしても、こうして畳に触れることが出来るのは、嬉しいものだ。
当たり前に接していたものが、懐かしいものとなってしまった。
左近が火打ち石を使って火を起こし、行灯に朧気な光がともったのを、咲良はぼうっと見詰めていた。


 

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