親愛なる唄い手



「私が奏でる笛の音が、遠呂智を眠らせることが出来る子守歌になるからと…、邪魔な奏者を排除するため、妲己は執拗に私を追ったのです」

「なんと…!しかし何故、落涙殿はそのような能力を持っておられる?」

「それは、分かりません。私も妲己に初めて指摘されたので、自分でも信じられません。ですが、私しか子守歌を奏でられないのなら、役目を果たしたいと思っているんです」


実は弟と共に異世界からやってきた人間であると、本来なら全てを打ち明けるべきなのだろう。
秘密はまだまだ隠し持っている。
だが、一度で受け入れてもらえる許容量を遥かに越えているのだ。
今は…どうか、これで許してほしい。
咲良は難しそうな顔をする周瑜を恐る恐る上目使いで見つめたが、彼の顔色が変わらないことに気付くと、次ははっきりと顔を上げ、想いを伝えた。


「私は孫呉が大好きです。国も、私を受け入れてくださったあたたかい人々も…、大好きな人達の暮らす国を守りたいです。だけど…許していただけないのなら…今此処できっぱり、断ち切ってほしいです。孫策様、私を追放してください」


偽りの居場所など、あって無いようなもの。
それなら、欲しいと願ってはいけない。
…本当は、すがりついてでも手放したくないのだけれど。
やはり、隠し事は出来ても嘘は付けなかった。
咲良の言葉は決意表明ではなく、ただ単に弱虫の強がりというだけだったのだ。


「待て待て!頼むから、姉弟揃って同じことを言わないでくれよ…」

「え……、」


孫策が心底困ったような顔で言うものだから、咲良は大切な弟のことを思い、胸を痛めた。
悠生が、彼の前で同じことを言ったと言うのか。
いったい…どのような気持ちで口にしたのだろう。
大好きな人の待つ蜀の国に帰りたいから…、弟の言葉には、痛ましいほどに切ない想いが込められている。

だが咲良は、追い詰められた勢いで、望みもしないことを宣言する羽目になってしまったのだ。
私の故郷は日本だけ、それでも、孫呉を忘れることは出来ない。
この、胸を焦がすような熱い気持ちを、そう簡単に…忘れられるものか。


「どうしても…私には信じがたい。正直言えば、今の貴女が孫策に近付くことも…、だが、孫策は信じるのだろう?」

「勿論だぜ!落涙、いや…咲良って呼んだ方が良いか?お前の力を俺達に貸してくれ。一緒に遠呂智に一泡吹かせてやろうぜ。俺は、どんなことがあってもお前を信じる!」

「孫策様…、こんな、私のことを信じてくださるのですね…ああ…ありがとうございます…!」


まるで太陽のような人だ…、厚い雲に隠されていても、夜の闇に消えても、自身の光が失われることはない。
光を辿れば、誰もがいつかは其処に行き着くのだ。
孫策の大らかな心に触れ、緊張の糸が解けた咲良は地に膝を突き、泣き崩れた。
ずっと不安だった、怖いことばかりだった。
味方となってくれる人が、孫策が現れなかったら、咲良は呆気なく押し潰されていただろう。

差し出された孫策の手に縋ってしまう。
自分が男だったら、孫策に忠誠を誓うことも出来たかもしれない。
でも、自分には戦う力が無い。
…ならば心を込めて、子守歌を奏でよう。
孫策が赤子であった小春に歌い聴かせたという、久遠劫と呼ばれる旋律を。


 

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